【和田秀樹コラム】診療報酬改定を考える|「80歳の壁」著者が語る「介護の誤解」vol.46

過去最高水準の診療報酬プラス改定とその影響
この6月に診療報酬の改定があった。今回の診療報酬改定本体(医師技術料・看護師人件費等)の改定率は、「+3.09%」で過去30年で最高水準の大幅なプラス改定とのことだ。
今の物価高騰の折、医師はともかくとして、他職種の医療関係者の給与が上がらないと、なり手が減ってしまって医療現場の逼迫が予想されるし、現実に今の医療従事者の労働のきつさに対して給与が安すぎると感じているので、この改定はむしろ大歓迎だし、これでも足りないくらいだと思っている。実際には、この3.09%のうち物価高(いろいろなものの仕入れ値の値上げ)対応が0.76%、光熱費対応が0.09%となっていて、賃上げ対応分は1.7%だから、十分に医療従事者の給料が上がるかどうかはわからない。
ただ、一般の人からすると窓口での負担は増えるし(3割負担の場合、初診で57円、再診で21円)、さらにいうと、毎月引かれる健康保険料も増えてしまう。
福祉予算の拡充と国民皆保険が抱える財政問題
高齢化が進む中、医療費は無尽蔵でいいのかというのは大きな問題になっている。私は軍事予算を増やしてほしいとは思っていないが(戦争が起こる確率を考えるとコスパが悪すぎるからだ)、教育予算は国の将来にかかわるものなのに少なすぎるし、格差が広がり、高齢化も進む中で、福祉予算はやはり拡充しないといけないと思っている。未来に対する投資やエネルギー政策、農業などへの支援のお金も今より多いに越したことはない。
アメリカは公的保険が充実していない代わりに、民間の保険会社と自腹で医療費をまかなっているので、医療費が増えても国の財政に大きな影響はないが、日本のように国民皆保険の国では、医療費が増えると国の財政は厳しくなるし、社会保険料が増えて、人々の手取りが減ってしまう。我々医療関係者からすると診療報酬の引き上げはありがたい話だが、そういう事情のために素直に喜べないのだ。
薬・検査への偏重と「寝たきり高齢者」の多さという現実
日本の場合、医療費の中で、検査や薬にお金をかけ過ぎで人件費が低く抑えられているのが問題だと私は考えている。とくにこんなに高齢者に薬を出す国は、欧米では考えられない。日本は平均寿命が長いから、それでいいのだという考えが強かった。
ところが寿命が長い代わりに、日本特有の問題がいくつかある。まず、寝たきりが多いことだ。人口あたりの寝たきりの高齢者の数は、スウェーデンの10倍、アメリカの6倍とされる。いくら長生きできても、寝たきりの期間が長くてもいいのかという問題をそろそろ真剣に考えていい時期が来ていると私は考えている。
高齢者への過剰な投薬リスクと海外の減薬原則
歳を取れば取るほど薬の副作用が出やすくなるし、肝臓で薬を分解する力も腎臓から排泄する力も衰えてくるので、薬がたまりやすくなる。だから、海外では歳を取るほど薬を減らすのが原則だ。
一部の国では、期待される余命が10年以内の人には延命のための薬をださない、つまり70歳くらいからは肺炎の人に抗生剤のように治療のための薬を出しても、血圧を下げる薬や血糖値を下げる薬のように、その後の寿命を延ばすための薬を出さないことが原則となっている。少なくともそういう薬に公費を支出しないということだ。その代表的な国がスウェーデンなのだが、寝たきりが少ないだけでなく、男性の平均寿命は世界一だ。(日本は6位)
薬が身体にたまってくると、いろいろな副作用が出る。普段の5倍、10倍の薬を飲むのと同じような血中濃度なのだから、これは当たり前のことだ。足下はふらつき、頭はボーっとし、食欲がなくなる。私も何回か経験したが、薬を数日休むとかなり身体が軽くなるようだ。
定額制導入がもたらした「薬を減らすと寝たきりが減る」事実
昔、老人病院と言われる長期療養型の病院で点滴や投薬のしすぎが問題になって、定額制というものが採用されたことがある。どんなに薬を出しても点滴をしても、病院に入ってくるお金が一人あたりいくらと定額になったのだ。それまでは薬を出すほど売り上げも利益も増えたのが、逆に薬を出すほど利益が減ってしまう。すると多くの病院で無駄な薬を出すのをやめた。
ある有名な老人病院では、薬を3分の1に減らしたそうだ。ところがそうすると寝たきりの患者さんが次々と歩き出したとその院長先生が講演会で話していた。私も薬を減らすと寝たきりは減ると考えている。だるく、頭もボンヤリした形で寝たきりで余生をすごすのか、多少、寿命が短くなっても元気な余生を過ごすのか選択の余地はあるだろう。スウェーデンを見る限り、そのほうが長生きできるかもしれないのだ。
医療費削減のカギを握る「エビデンス(科学的根拠)」
もう一つの医療費削減策は、エビデンスをしっかり取るということだ。アメリカの保険会社は、血圧が高い人に血圧の薬を出して、それで血圧が正常に下がってもお金を出さない。それが本当に有益かどうかの証明をしないといけないのだ。たとえば、血圧の薬を出して、5年後の脳卒中が減ったとか、死亡率がさがったとかを証明しないとお金を出してくれない。
このように薬が有効である証拠をエビデンスという。血圧を下げるだけではエビデンスと言えず、それによって将来死亡率が下がるとか脳卒中が減るというメリットがあることがエビデンスなのだ。実際、この手の大規模調査をやってみると意外なことがわかる。薬を使って血圧を下げると脳出血は減るが、脳の血管がつまる脳梗塞はかえって増えるなどだ。あるいは、どの程度まで血圧を下げればよいのか、どの程度まで血糖値を下げればいいのかも、大規模調査でわかる。
国内外のガイドラインに見る基準値の格差と学会への疑問
イギリスでは、薬は公費で出されるが、税金の無駄遣いを避けるために、この手のガイドラインは、数多くのエビデンスを調べた大規模調査を集めて作られる。血圧については、NICEというガイドラインが発表されているが、薬を使うのは原則的に血圧が160/100より高い人だけで、心臓や腎臓に病気があって血圧を下げないといけない場合だけ、それより低い人でも薬が公費から出される。高めでも死亡率が変わらないし、下げすぎると害が生じるからだ。
ところが日本では高血圧学会がたった一つの都合のいいエビデンス(これは海外のデータで日本人について調べたものでない)を持ち出して、130/80などという基準値を打ち出した。調べてみるとこの学会の理事のうち一人が5年間に1億円、3人が5年間に5000万円もの謝礼を製薬会社からもらっている。こんな基準値をどうやって信じろというのか?
糖尿病治療における数値管理と低血糖の危険性
糖尿病の人については、アメリカの大規模比較調査で、正常値とされるヘモグロビンA1cが6%未満まで下げた群と、7~8%という風にゆるめに下げた群で死亡率や低血糖の発生率を調べたものがある。すると6%未満まで下げた群のほうが死亡率が25%も高く、16%以上もの人が低血糖の発作を起こしていることがわかった。
私も糖尿病なので低血糖を発症して意識がもうろうとすると事故を起こしかねないので、血糖値はもっとゆるめにコントロールしている。というのは7~8%でコントロールしても5%の人が低血糖発作を起こすことがわかったからだ。このように血圧や血糖値を下げるべき基準値が変わると医療費の無駄がなくなるし、下げすぎによる害も少なくなる。
日本における大規模比較調査の欠如と今後の課題
そのためにエビデンスを集めることが大切なのだが、日本ではほとんどこの手の大規模比較調査が行われていない。外国の大規模調査を流用し、しかも新しい調査結果が出ても変えようとしない。日本人と欧米人では、食べるものも体質も違う。だから海外で認可された薬を日本で使うためには治験をすることになっている。ところがエビデンスについては日本人については調べない。
だから、その薬が将来の死亡率や脳血管障害のリスクをどのくらい下げるかわからないのに、当たり前のように薬が出され、さらに多剤併用もされ、年齢による薬の量の加減もしない。診療報酬改定の前に、この手の薬の無駄のチェックをしないと、医療関係者の人件費は大して増えないのに、給料から引かれる健康保険料が増え、財政を圧迫するだけだ。それ以上に、多量の薬が根拠なしに使われることで、寝たきりが増え、高齢者の健康を蝕む。それでも寿命は日本が長いと医師たちは豪語してきたが、高齢者に薬をほぼ出さないスウェーデンに男性の平均寿命で抜かれたことを真摯に受け止めるべきだろう。
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