ITとAIと高齢者【カイゴのゴカイ 12】

 

介護のゴカイ

ITとAIと高齢者【カイゴのゴカイ 12】

パソコン・スマホの利用の格差

デジタルデバイドということばを聞いたことがあるだろうか?
総務省によると、「インターネットやパソコン等の情報通信技術を利用できる者と利用できない者との間に生じる格差」のことだ。
確かに、この10年以上、高齢者の間でも、パソコンやスマホが使える人はいろいろな情報を手にできるし、テレビがつまらなければ(若者向けが多すぎるうえ、情報が偏っているので)ネットフリックスやユーチューブを利用して、本当に面白い番組やユニークな話が聞けるし、買い物だって家にいたまま、いろいろなものが手に入る。出前でかなり一流の料理も家に届けてもらえる。
そうでない人は、テレビがあおるコロナの危険にビクビクして外に出ないでいるうちに歩けなくなったりしているし、テレビの垂れ流す「箸が転ぶ(若い人はこれでも笑う)」レベルのお笑いでがまんしないといけない。本屋が減っているので、欲しい本を買うのも難しいし、そうでなくてもタクシーの数がコロナ以降減っているのに、みんながスマホでタクシーを呼ぶので、さらに台数が減って、暑い中、手を上げても拾えないという事態が続いている。

高齢者とスマホ・パソコン

逆に、私の患者さんには、パソコンがマイコンと呼ばれていた時代(40年以上前の話だ)からITに親しんでいて、我々よりはるかに高いレベルで、それを使いこなす人もいる。先日も世界最高齢のプログラマーと言われる若宮正子さんと対談したが、自分でエクセルを使ってデザインした服を着ておられた。
この格差がどんどん広がると思われていて、高齢になってからパソコンやスマホの使い方を教室に通って勉強する人が増えているそうだ。
たまたま、高齢女性にいちばん売れている『ハルメク』という雑誌の編集長と対談したら、一番人気のある特集記事は、スマホの使い方だそうだ。
私も高齢者がスマホやパソコンを使うことにはもちろん賛成だ。テレビなど見ていると、ものを考えなくなるし、脳がどんどん老化するし、うつ病になりやすい思考パターンになってしまう。
ただ、スマホやパソコンが使えないと今後不幸な老後を送ると考えるのは早計だと思う。

ITとAIの違い

デジタルというと一般的にITとAIという用語が多く用いられる。
ITというのは情報工学とか訳されるもので、AIもITの一種だという人がいるが、一般的にはアナログ的なものをデジタル化するということだ。紙のデータをデジタル化するとか、領収書をデジタル情報として相手に送るとかが一例だ。
この場合、基本的にはパソコンが道具として使われる。
基本的にはITというのは、このパソコンやスマホのやり方を修得しないと使えない。
それに対して、AIというのは、向こうが考えてくれる
たとえばAIが搭載された自動運転の車に乗れば、自宅に連れて行ってといえば、自宅の場所を入力しないでも、過去のデータから自宅の住所を割り出し、そこへのいちばん早く着く道を考えてくれる。さらに言うと、飛び出してくる子供などをGPSで見つけ出して、自動的にブレーキを踏んでくれる。
人間がやらないといけないのは、車のドアをあけてシートに座ることと、「家に連れて行って」と命令することだけだ。
AIの時代になるとやり方を覚えなくても、こちらの願いを伝えるだけで、それをかなえてくれる。

AIの利便性

最近は、チャットGPTなど生成AIなるものが話題になっている。
何かテーマを与えて、それについて文章を書いてくれというと書いてくれるものだ。
学生のレポートに悪用されるのではないかなどと懸念があがっている。
実際、私の知り合いのAI研究者の落合陽一氏によると、AIが人間の国語力に追い付くのは、2026年ごろと予想されていたのが、2023年に追い付いてしまったそうだ
私が話したことを本にしようという場合、まず文字起こしもAIがやってくれて、漢字変換も、あるいは文法的におかしいところも直してくれる。
さらに、それを書籍用に構成しなおしてくれるのもAIがやってくれる。
いろいろな意味で省力が進むのが確かだ。
河野デジタル大臣がマイナンバーを強力に推し進めて、さまざまなミスが出て問題になっているが、私がいちばん問題だと思うのは、河野大臣の頭が、ITで止まっていて、AIに考えが及んでいない点だ。
デジタルというのはIT以上にこれからはAIだと思っていたとしたら、手入力でアナログデータをデジタル化するなどという発想にならない。必ずミスも出る。
しかし、AIにやらせればいいと思うことができれば、おそらく100分の1の時間と100分の1の人手で100分の1のミスも起こらなかっただろう。
この程度のデジタル技術に関する見識しかない人間が、政府のデジタル部門の責任者であることは恐ろしいことだ。

AIが高齢者の暮らしを便利に

さて、話はそれたが、ITの時代と違って、AIの時代は、高齢者が機械のやり方を覚えなくても使えるので、高齢者にとっては暮らしをかなり便利にしてくれるものになる。
たとえば、カメラ内蔵の腕時計型AIを24時間はめていると、冷蔵庫を見るたびに中身を確認してくれる。軽い認知症の人が買い物に行って、昨日買った卵をまた買おうとすると「今、冷蔵庫にまだありますよ」と教えてくれる。
あるいは、財布の置き場所を忘れるたびに、「盗られた」と大騒ぎするような盗られ妄想の人も、その腕時計が「何時何分に、箪笥の中に入れましたよ」と教えてくれる。
そういう意味で、認知症が始まった人の補助知能として、あるいは記憶装置としてかなり役立つものになるはずだ。
生成AIの機能を使えば、言いたいことがうまく言葉にできない認知症や失語症の人のかなりの助けになるだろう。
このようにAIの普及と進歩は、おそらく高齢者介護の世界に革命をもたらす可能性がある。
生成AIの国語力が人間に追い付いたとすれば、人間が話しかけたことばに、普通の人間が返してくれる答えを返してくれることになる。
一人暮らしで寂しくしている高齢者にとっては素晴らしい話し相手ということになる。
あるいは、カウンセリングの大量のデータを入れておけば、悩み相談にも答えてくれる。そしてAIは人間のように間違えて人を傷つけるようなことを言う可能性はきわめて低い。

介護とAIロボット

近未来の予想として、いろいろなもののロボット化が言われている。
たとえば、今は人手不足が問題になっている宅急便のドライバーにしても、AIが内蔵されたロボットが運転するようになれば、人間の10倍くらい重いものでも運べることになる。労働基準法も関係ないので、24時間働ける。
介護ロボットにしても、多少体重が重い人でも持ち上げて風呂に入れてくれたりするだろう。においを感知する機能がつけば、お漏らしをすると同時にオムツを丁寧に替えてくれる。
前述のように話し相手にもなってくれるし、料理くらい作れるかもしれない。
それでも機械のような人と話していても味気ないし、そういうものに介護されたくないと思うかもしれないが、今は3Dプリンターというものがあって、人間と同じ形のものを作ることができる。
自分の大好きな女優やイケメンの人と同じ形の人形(かなり精巧な上、人間と同じような動きをするので、人間と同じような気分で接することができる。もっと年配の方が安心できるならそれも可能だ)が話をしてくれるし、いろいろと身の回りの世話をしてくれることになる。
AI搭載の車いすであれば、自動運転の自動車のように、飛び出してきた子どもを避けることができるので、かなりのスピードを出すことも可能だろう。
このように、AIが介護も決定的に変えてくれるだろうし、さまざまな形で生活に取り入れられれば、高齢者の暮らしはかなり楽になるはずだ。
そういう意味で、道具の使い方を覚えないといけないITと違って、AIというのは、高齢者のかなり役立つ味方といえる。
ドラえもんを家に飼うようなものだ。
そして、言語機能も含めて、AIが前述のような形で実用化される日は、こちらが想像するよりずっと早い。
いろいろな意味で未来に希望がもてる社会 なのは間違いない。

高齢者の夢の時代

ただ、これは日本がいちばん後れをとる可能性は小さくないと私は見ている。
一つには、日本の経営者は高齢者を消費者と見ていないし、AIの対象と見ていない。
私の本が日本でいちばん売れても、高齢者向けの製品やサービスを開発したいから協力してほしいと言ってきた企業は一つもない。
個人金融資産2000兆円の60%を高齢者がもっているという事実はまったく無視されている。
タクシーに乗ればわかると思うが、AIのビジネスへの応用というとまずまちがいなしにDX(デジタルトランスフォーメーション)で高齢者に応用しようとする会社などない。
日本の経営者がバカなので、多分、よその国で実用化され、日本人はずっと高い値段で買わされるだろう。
その上、警察が何かにつけて規制をしてくる。AI搭載の車いすで事故が起こらないことが実証されていても、何年も許可しないだろう。
ということで、日本の高齢者は不幸だが、待っていれば必ず使えるようになるのは確かだ。
AIの時代は、高齢者の夢の時代とぜひ考えてほしい。

著者

和田 秀樹(わだ ひでき)

国際医療福祉大学特任教授、川崎幸病院顧問、一橋大学・東京医科歯科大学非常勤講師、和田秀樹こころと体のクリニック院長。

1960年大阪市生まれ。1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科、老人科、神経内科にて研修、国立水戸病院神経内科および救命救急センターレジデント、東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、高齢者専門の総合病院である浴風会病院の精神科医師を歴任。

著書に「80歳の壁(幻冬舎新書)」、「70歳が老化の分かれ道(詩想社新書)」、「うまく老いる 楽しげに90歳の壁を乗り越えるコツ(講談社+α新書)(樋口恵子共著)」、「65歳からおとずれる 老人性うつの壁(毎日が発見)」など多数。

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