栄養学の大切さ【カイゴのゴカイ 16】

 

介護のゴカイ

栄養学の大切さ【カイゴのゴカイ 16】

超高齢社会における高齢者の栄養状態と長生き

日本の医学、とくに超高齢社会において、私が不満なことは栄養学が軽視されていることだ。
医学部の正規のカリキュラムで栄養学が学べる大学医学部はほとんどないのが現実だ。
ただ、歳を取るほど、栄養状態が元気さや長寿に与える影響は大きい。
若いうちはやせているほど健康だと思われがちだが、宮城県で5万人規模で行われた大規模調査では、40歳のときの平均余命がいちばん長いのは、BMIが25~30のやや太め(25以上だとメタボの基準に当てはまる)の人でやせている人(BMI18.5未満)と比べると男性で7.1年、女性で6.26年長生きしていたことがわかった。
太めのほうが長生きできるということは、栄養状態がいい高齢者のほうが長生きできるということだろう。

戦前の平均寿命と栄養状態

実際、日本人が長生きできるようになったのは、戦後の栄養状態の改善がいちばん寄与していると私は考えている。
実は戦前は日本人の平均寿命は50歳に満たなかった
その頃、日本人の死因のトップは結核だった。
若い人の命を奪うこの病気で亡くなる人が減ったので、日本人の平均寿命は大きく延びた。平均寿命というのは亡くなった人の平均年齢なので、乳幼児の死亡率が高いと短くなるし、若い人の死が多いと短くなる。
さて、結核で亡くなる人が減ったのは、その特効薬であるストレプトマイシンという抗生物質が使用できるようになったからだと信じられている。
しかし、この説は二つの点で無理がある。
一つは、戦後の日本という国がとても貧しかったので、当時高価だったこのストレプトマイシンがお金持ちでない人でも使えるようになったのは、1950年以降の話だった。この頃には結核で亡くなる方はすでに激減しており、1951年には日本の死因の1位は脳卒中になっている。
二つ目は、ストレプトマイシンは結核になったときの治療薬で、結核の予防薬ではない。ところが戦後すぐくらいから、結核になる人が激減している。
戦後すぐの衛生状態は戦前より急に改善したとは思えないので、米軍が脱脂粉乳を配って、日本人のたんぱく質の摂取量が急激に増え、免疫力が高まったためと考えるのが妥当だろう。実際、当時でも欧米では結核はそんなに多い病気ではなかった。

日本は世界的に見て低栄養の国

その後、脳卒中が1980年まで死因のトップを占め、これも減塩運動ときちんと効く血圧を下げる薬が開発され普及したことで脳卒中が減り、がんに死因のトップを譲ったというのが常識になっている。
確かに、その要素もあるだろうが、脳卒中の多かった昭和30年代や40年代には血圧が150とか160くらいで脳出血を起こす人が多かった。ところが今では200を超えてもそう脳の血管は破れるものでなくなった。
これも日本人がたんぱく質やコレステロールを摂るようになって血管が丈夫になったという要因のほうが大きいと私は考えている。
ちなみに現在では脳卒中の4分の3は脳の血管が詰まる脳梗塞で、脳出血は全体の2割を切っている。
そして、先進国の中で、日本だけががんが増えているのだが、がんというのは身体の中でできた出来損ないの細胞を免疫細胞が殺せなかったときに、その細胞の一部が大きくなってがんになるという説が強い。
日本は世界的に見て、低栄養の国なので、免疫力が低いからがんが多い可能性は否定できない。

高齢になるほど栄養が足りない害が大きくなる

前述のように体重が多く、栄養状態のいい人のほうが長生きしているわけだが、歳を取るほど、微量元素の足りない害も大きくなる
たとえば亜鉛が足りないというような場合、若いころであれば、大した問題が生じないが、歳をとってくると味覚障害が生じたり、男性ホルモンの不足が起こってED(勃起障害)になったりする。
私の臨床経験から言わせてもらうと、高齢になるほど、栄養が余る害より、足りない害が大きくなる。
そういう点では、高齢者が増えるほど、医者に栄養学の知識が必要になるはずだと信じている。
ところが、大学の医学部では栄養学を学ぶことが事実上できない。
栄養学の軽視は今に始まったことではない。そして、それが悲劇を生んだこともある。
日露戦争の実質的な軍医のトップは、小説家森鴎外としても知られる森林太郎だった。東京帝国大学医学部を出て、ドイツにも留学した秀才だったが、脚気が伝染病と信じて、陸軍の食事を変えなかったため、日露戦争の傷病者35万人のうち25万人が脚気患者で、脚気の死者も28000人も出し、戦死者より多いという惨事となった。
これに対して海軍の医務局長だった高木兼寛はイギリス留学中に、ヨーロッパに脚気患者がいないことや身体が大きいことに着目して、たんぱく質の多い麦飯に主食を変え、欧米流の肉食を導入しようとした。こうして誕生したのが海軍カレーである。
その後脚気の原因が栄養の問題(のちにビタミンの問題とわかる)ということになったのだが、なぜか、日本の医学教育に栄養学が取り入れられることはなかった。

栄養によって防げる病気は少なくない

日本の栄養学のレベルは当時世界でも低いものではなかった
日露戦争の戦後6年目の1911年に鈴木梅太郎はビタミンB1を実質的に発見する(当時は、ビタミンと呼ばれておらず、抗脚気因子とされていたが、ほかの点でも人や動物の生存に不可欠な物質と鈴木は主張した)。
それなのに、日本の医学の世界では、栄養学はないがしろにされ続けた。鈴木梅太郎がせっかくビタミンB1を見つけ、それを抽出したが、脚気の治療に使われたのは8年も後の話だ。
アメリカで寿司ブームが起こって以来、彼らの国民病とされてきた心筋梗塞の発症やそれによる死亡が激減している。実は、私も留学していたのでわかるが、中西部では、まだまだ寿司を食べないが、魚の油であるDHAなどのサプリの普及の影響も大きな要因だと思われる。
医者は、薬でなんでも解決しようとするが、栄養によって防げる病気は決して少なくない。

高齢者にとっての栄養の大切さ

もう一つ、高齢者にとって栄養が大切なのは、見た目を若返らせたり、内臓を若返らせたりする作用があることだ。
若い頃はやせているほうが、スタイルがよく、理想的な体型と思われるが(これにしても、私は健康に悪いと考えているが)、歳をとるほど、それが外見への害にもなる。
実際、たんぱく質は皮膚の材料になるし、脂肪が多いとみずみずしくみえる。みずみずしいというと水分のように思われるかもしれないが、高齢者の場合は、身体がむくんで、かえって若々しさが奪われる。
ふっくらしているほうが、皺も目立たない。逆にやせると、皺が目立ってしまう。高齢者の場合は、ふっくらしている人のほうがやせている人より若く見えるのも確かだ。
これは、外見の話だけでない。
内臓や血管の材料はたんぱく質であるし、男性ホルモンや女性ホルモンの材料はコレステロールだ。
代謝その他についても、微量元素やビタミンなど、栄養が足りないと悪くなるし、さまざまな栄養が十分にあると若い頃の代謝状態が保たれるとされる。代謝状態がよければ、若いころのように食べても太りにくくなる。栄養不足だとかえって不健康な形で太ることもあるが、それも防げるのだ。
また、栄養状態が十分であれば、身体の内部も若返り、それによって、活動性も高まり、外見も若返る。
活動性が高いほど身体も動かすし、頭も使うので老化がゆっくりになるし、その機能が高まる。
そういう点で、栄養状態は老化予防のカギを握るものと言っていい。

超高齢社会の高齢者の医学と栄養学

日本の場合、保険医療が原則なので、医療というと病名がついたものの治療ということがほとんどだ。
つまり、元より元気になるために医療が関与することがほとんどない。
ところが、高齢者の場合、もとの活力や体力、あるいは代謝状態などが若いころより衰えているので、元より元気にならないと、若いころのような体力や知力、意欲などが維持できない。元より元気になることを意識することがフレイルや要介護の予防になるのだ。
もちろん老いに任せるという考え方を否定するつもりはないが、昔と比べて、たとえば65歳の時点での余命が長くなりすぎたので、あまりに早く老け込むと、死ぬまでの期間に働くことや楽しむことが困難になる。
元より元気になるためには、もちろん栄養だけでなく、運動や頭を使うことも大切なのだが、やはり栄養はその基礎となる。
精神科医の立場から見ても栄養状態がいい人のほうが脳内のセロトニンなどの神経伝達物質が多いので、幸福感が高く、うつ病にもなりにくい
また、人との会食やおいしいものを食べることももちろんメンタルヘルスによいし、高齢期に幸せを感じる源になる。
いろいろな観点から、超高齢社会の医学では、もっと栄養学を重視すべきだし、医者が元気になるための栄養のアドバイスができることは必須のもののように思えてならない。
このままだと医者に聞くよりAIに答えてもらったほうが確かということになってしまうだろう。

著者

和田 秀樹(わだ ひでき)

国際医療福祉大学特任教授、川崎幸病院顧問、一橋大学・東京医科歯科大学非常勤講師、和田秀樹こころと体のクリニック院長。

1960年大阪市生まれ。1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科、老人科、神経内科にて研修、国立水戸病院神経内科および救命救急センターレジデント、東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、高齢者専門の総合病院である浴風会病院の精神科医師を歴任。

著書に「80歳の壁(幻冬舎新書)」、「70歳が老化の分かれ道(詩想社新書)」、「うまく老いる 楽しげに90歳の壁を乗り越えるコツ(講談社+α新書)(樋口恵子共著)」、「65歳からおとずれる 老人性うつの壁(毎日が発見)」など多数。

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