薬の危険性が伝わらない構造【カイゴのゴカイ 24】
介護のゴカイ
高齢者医療と多剤併用
私が高齢者医療を行うに際して、常々感じているのは、薬が多すぎることと、当たり前に多剤併用がなされていることだ。
欧米では、高齢者には多少血圧などが高いくらいで薬を出さないことが当たり前だし、多剤併用は、少なくとも高齢者にはめったにしない。
東大の老年病科の入院データベースによると薬の数が6種類以上になると、5種類までと比べて深刻な有害事象が3割くらい増えることが明らかにされている。また、同科の小島医師らの調査では、転倒が4種類までの人は2割弱起こるのに対して、5種類を超えると4割以上になる。(ちなみに0種類の人は3%程度)
多剤併用の深刻な副作用
転倒というのは、骨折をすると寝たきりや要介護につながりかねないのだから、かなり深刻な副作用と言えるが、高齢者に当たり前にそのくらいの薬が出されているのが現状だ。
さて、転倒というのは、おそらくは脚がふらついたり、頭がぼんやりしているときに起こるのだろう。
血圧を下げすぎたりすると脚がふらつくことも頭がぼんやりすることも珍しい話ではない。
ただ、頭がぼんやりしているときに運転していると重大事故につながりかねない。
テレビと製薬会社
実は、先日、久しぶりにTVタックルに出たら、発言内容が大幅にカットされてしまった。
高齢者は免許返納すべきかというテーマだったが、統計的に根拠がないという話と免許返納で要介護高齢者が増えるという話をした部分は残されたが、高齢者の事故には、意識障害がからんでいる部分が多く、その原因が薬剤の多剤併用と運転禁止薬の服用の可能性が大きいので、免許返納より薬のチェックが大切という話は完全にカットされてしまった。
後でわかったことだが、この番組は原沢製薬という製薬会社がスポンサーについている。その会社の圧力なのか、スタッフが忖度したせいかはわからないが、このような形で薬の害が伝わらない影響は大きい。
テレビが製薬会社に忖度する体質
小林製薬の薬害も、もっと前からわかっていたことなのに、小林製薬が各テレビ局の大スポンサーだったために、早い時点での注意や警告のニュースが流されず、100名もの人が亡くなることになった。
100名も死亡し、体調の悪くなった人がかなりの数で出ていたことを考えると、おそらくかなり前の時点でいろいろな訴えがあったのだろうが、厚労省の調査が入るまで、テレビはまったく報じなかったのは事実だ。
以前、紹介した運転禁止薬が2,700種類もあるという話にしても、それをテレビが伝えることはまずない。
このようにテレビ局が製薬会社に忖度する体質がある限り、国民に薬剤の危険性が広く知らせることは困難だ。
ネットでそれを発信している人は何人かいるが、小林製薬のように大事件になるまでは、そういうものに注目されることもあまりない。
高齢者の暴走事故の多くは意識障害
ただ、高齢者の暴走事故の多くが運転技能が下手だとか、認知機能が落ちているためでないのは確かだ。普段安全運転をし、認知機能テストにもパスしている人が暴走事故を起こしているのだ。
私のような高齢者を専門にする医師からすると、飛び出してきた子どもをよけられないというような事故だと、高齢のためと言えるが、普段暴走しない人が突然暴走するなら、やはり意識障害を疑うし、それが薬の副作用である可能性は高いと考える。
ところがそういう話をテレビ局はねじ伏せるので、国民のほとんどはその話を知らない。
高齢者の運転が危ないという印象操作
もう一つ私が感じているのは、テレビ局はこの手の事故を薬のせいにしたくないために、高齢者の運転が危ないという印象操作をしている疑いがあることだ。
TVタックルでもモーニングショーでも使い回しで高齢者の逆走運転や高齢者講習の様子を流している。
ほかにもこの手の事故が起こっているのに、高齢者のものだけを放映する。
高齢者の実車講習はものすごい待ち時間があり、そのために免許が失効するものまで出ているのに、これを受けないと免許の更新ができない。
そういう中で運転がうまい人も下手な人もいるのに、テレビはわざと下手な人ばかりを抽出して、それだけを放映して、高齢者の運転が危ないような印象操作を行っている。
上手い人もいることを映さないと、高齢者全部が危ないような印象操作になってしまう。
また段に乗り上げるなどと言う、現実場面では起こらないようなこともカリキュラムに課し、それで高齢者が下手だという印象操作(これはテレビ局によるものでなく警察によるものだろう)を行っている。
少なくとも、統計上は高齢者の事故率は24歳までの若者より低いのに、高齢者は危ないことにされている。
高齢者の死亡事故が多いのは事実だが、その4割は自爆(工作物衝突)だ。これにしても、エアバッグがついている車で、ものに当たって死ぬということは、ブレーキも踏んでいないだろうから、そのときの意識が朦朧としていた可能性はかなり高い。
高齢者の運転への印象操作の影響
かくして、薬のせいで生じているかもしれない交通事故や意識障害がテレビ局によって隠蔽され、高齢者の事故はみんな年齢のせいにされる。
これによって、免許を返納すると6年後の要介護率は2.2倍になってしまう。仮に100万人要介護高齢者が増えれば年間2兆円の介護費用が増える。一人4万円くらい給料や年金から引かれるお金が増えるのだ。
そういう意味で、高齢者の運転が危ないという印象操作は、犯罪的ともいえる。
これが製薬会社への忖度、もしくは製薬会社からのテレビ局への圧力のためだとすれば、公共放送の資格はないとさえ私は思う。
いっぽうで、テレビ局の正社員は年収1,500万円くらいを当たり前にもらっている。彼らの贅沢のために情報が隠蔽されるなら、それは許されるべきことではない。
高齢者の適正な投薬を妨げるもの
日本では調剤薬局だけで年間8兆円の薬が使われている。
薬の多剤併用などが減り、高齢者に適正な投薬がなされるようになれば半分くらいは浮くはずだ。若い世代の健康保険料も大幅に減るし、薬害による体調不良や要介護状態、そして交通事故も減るだろう。実際、高齢者にあまり薬を出さない欧米では、ほとんど高齢者の暴走事故が話題になっていないのだから。
超高齢社会の日本では高齢者の薬を減らすことが喫緊の課題になっているのにテレビ局が抵抗勢力になっているのだ。
そもそも医家向けの薬については広告を出す意味はないし、その広告料もわれわれの健康保険費から出されているのだ。
製薬会社のテレビ局への広告出稿の禁止をしないと国民の損害は莫大になる。
家庭薬は宣伝してもいいが、その代り番組の内容への介入を禁止しないといけないだろう。
高齢者の薬を3分の1に
私が高齢者医療にかかわるようになって、ほどなくして、入院医療費の定額制というのが行われた。
それまでは出来高払いといって、老人病院と言われる長期療養型の病院で、薬を出し、点滴をすればするほど、病院が儲かるようになっていた。それに歯止めをかけるべく、いくら薬を出しても、いくら点滴をしても、一人当たりの病院の収入は一定になるように制度が変えられたのだ。
これによって、病院は、これまでと逆に薬をたくさん使い、点滴をたくさんの患者にすればするほど利益が減ることになった。
こういう病院は真剣に薬や点滴を減らした。
当時のある有名な老人病院の院長は、これで薬が3分の1に減ったと講演会で公言していたのだが、その続きが衝撃的な話だった。「確かに、それで患者さんの具合が悪くなったら悪徳医と言われても仕方ありませんが、薬を大幅に減らすと寝たきりの患者さんが歩き出したのです」
おそらく彼の言葉は真実だろう。
薬漬けでふらふらになっている患者は世の中に当たり前にいるからだ。
高齢者の薬を3分の1に減らすことができれば、老人医療費も保険薬剤費も大幅に浮くはずだったのだが、日本老年医学会もほかの学会も、この事実を無視して薬を減らす研究をするところはなかった。
多剤併用におる多くの弊害
薬害と言われるものはときどき報じられるが、一般的な薬の危険性、多剤併用の危険性はテレビで報じられることはまずない。
交通事故の問題だけでなく、それによって莫大な無駄な医療費が使われ、保険医療費は上がり続け、免許を取り上げられた高齢者が要介護高齢者になることで介護保険料も上がる。
すべての被雇用者の手取り額は大幅に減り、40歳以上ならさらに減り、お年寄りの年金は減らされる。
製薬会社のテレビCMを禁止しないと、大切な情報が国民に伝えられず、健康被害、給料の手取り額の減少、高齢者の交通事故の増加、要介護高齢者の急増など、今後の日本にとって不利益が多すぎる。
私などは微力だが、テレビが伝えない以上、テレビに出られなくなっても、この手の情報の発信を続けていきたい。
それにしても真実をいうとテレビに出られない国で中国の言論弾圧を批判できるのだろうか?
著者
和田 秀樹(わだ ひでき)
国際医療福祉大学特任教授、川崎幸病院顧問、一橋大学・東京医科歯科大学非常勤講師、和田秀樹こころと体のクリニック院長。
1960年大阪市生まれ。1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科、老人科、神経内科にて研修、国立水戸病院神経内科および救命救急センターレジデント、東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、高齢者専門の総合病院である浴風会病院の精神科医師を歴任。
著書に「80歳の壁(幻冬舎新書)」、「70歳が老化の分かれ道(詩想社新書)」、「うまく老いる 楽しげに90歳の壁を乗り越えるコツ(講談社+α新書)(樋口恵子共著)」、「65歳からおとずれる 老人性うつの壁(毎日が発見)」など多数。
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