認知症の予防と前頭葉【カイゴのゴカイ 26】
介護のゴカイ
認知症の予防
さて、私は高齢者を専門とする精神科医なのだが、やはり多くの人の関心事は認知症の予防のようだ。
そして、ネットのニュースなどを見ていても、食べ物とか、生活習慣で認知症が予防できるような記事をよく見かける。
それが外国の研究のものだと、すぐに飛びつく人は少なくない。
何回か触れたかもしれないが、私自身が高齢者医療を今も続ける中で、もっとも役に立った経験は浴風会病院という高齢者専門の総合病院に勤務したことだ。
養護老人ホームや特別養護老人ホームが併設されているため、亡くなるまで高齢者を診ることができるし、実際、いくつも10年とか20年の追跡調査研究をしている。
これまでの常識との違い
その結果が、これまでの医学常識と違うものも多かった。
たとえば、血糖値が正常な群と、糖尿病レベルの群と、その中間の群で15年後の死亡率にまったく差がなかった。
だから、高齢者には無理に血糖値を下げる必要はないという意識が共有されていた。
それどころか、老人ホームの入居者で比較すると、喫煙軍と非喫煙軍ではまったく生存曲線に差がなかった。
老人ホームに入るくらいの年齢まで生き延びたのであれば、恐らくそういう人はタバコに強い体質なので、タバコをやめてもやめなくても、死亡率に差がないということだ。
高齢者救護のための老人ホームでの経験
こういう経験ができたことが今に生きているのだが、ほかの病院ではまずできない経験が、多くの亡くなった高齢者の解剖結果を見れたことだ。
もともとが関東大震災のときに介護してくれるはずの子どもたちが亡くなった高齢者を救護するためにできた老人ホームなのだが、そういう公的な老人ホームができるなら、老人医学の研究の場にしようと、当時の東大医学部の稲田という教授が医師を派遣したのが始まりだ。
身寄りがない人が多いこともあって、このホームの入居者が亡くなると、解剖する伝統ができた。
その後も、その伝統は續き、私が在職中は年に100例くらいを解剖していた。
85歳を過ぎてガンのない人はいない
そこで驚いたことをいくつか知った。
85歳を過ぎて身体中にガンのない人はいない。
でも、死因がガンだった人はその3分の1だ。
残りの3分の2は、自分が知らないところでガンを抱えながら生きてきたわけだ。
ガンというのは手遅れになって発見されることが多いように、意外に痛いとか苦しいとかいう症状は出ない。下手に手術や化学療法をやるから痛い思いや苦しい思いをするのだと痛感した。
だから、私はがん検診も受けないし、見つかっても何もしないという風に腹を決めている。
85歳を過ぎてアルツハイマー型の脳の変性がない人はいない
本業の精神科医としては、85歳を過ぎて、脳にアルツハイマー型の変性がない人はいないことが大きな発見だった。
解剖しないとわからないことだが、85歳を過ぎていれば、ボケていないように見える人も、解剖学的には軽いアルツハイマー型認知症なのだ。
実際、CTやMRIなどの画像をみると歳をとって脳が縮んでいない人はいない。
ということで認知症の予防なんて無理だということも悟った。
脳の変性は防げないが認知症は遅らせられる
ただ、いっぽうで同じくらい脳が縮んでいても、あるいは解剖してみるとかなりアルツハイマー型の変性が強い人でも、ほとんどボケ症状がでないで、逆に世の中で頭のいい人だと目されるようなことさえある。
要するに脳の変性は防ぐことはできないが、認知症レベルにまで知能が落ちるのを遅らせることはできるということだ。
人生100年時代とかいうが、そうそう100歳まで生きられるものではない。
昔、認知症の患者がそんなにたくさんいなかったのは、認知症になる前に死んでいたからだ。
ということで認知症を発症するのが遅ければ、遅いほど、認知症である期間が短くて済む。寿命のほうが先にくればボケないで死ぬことができる。
同じくらい脳が縮んでいてもボケていない人の多くは、頭をしっかり使い続けている人だ。
頭や身体を使うことが認知症を遅らせる
これは以前も書いたが、認知症の最高の予防策は頭を使い続けることだ。
これは認知症の進行も遅らせることができる。
私も認知症進行予防の効果があるとか言われている薬は一応出すが、多少は効く気がするが、あまり期待はしていない。
やはりいちばん認知症の進行予防に有効なのは、デイサービスに通うことだ。
ここで頭や身体を使うことが認知症の進行を遅らせるだけでなく、歩けなくなるようなことの予防になる。
頭を使い続ければ脳の老化予防になるし、身体を使い続けていれば要介護の予防になるというのは、おそらく実感としてわかるから納得してくれない人のほうが珍しいくらいだ。
意欲を保つ大切さ
ところがわかっているのに、実行できないのは歳を取るほど意欲が落ちるからだ。
意欲を保つことの大切さも前に書いたことがあるが、ここでは脳の意欲を司る部分である前頭葉の老化予防について触れてみたい。
脳の老化というと物忘れを思いつく人が多いだろうが、実は意欲低下と前頭葉の老化のための変化を避ける徴候が先に来る人が多い。
実際、画像診断で見る限り、前頭葉は40代から50代くらいから縮んでいるのが目に見えるようになる。
そうすると、出世とか、スポーツとか、旅行とか、そういうことに対する意欲が落ちてくる。
想定外のことをやってみる
もう一つは変化を避けるという徴候だ。
実は、前頭葉というのはほとんど知能に関係しない。
本を読むときに使うのは側頭葉だし、計算やパズルの際に使うのは頭頂葉と言われる部分だ。
前頭葉を使うのは、何かクリエイティブなことをしているときとか、想定外のことが起こった時の対応だとされている。
ただ、これから詩や音楽を作るとか、小説を書くとか、発明をするというのはあまりにハードルが高いので、まず想定外のことをやってみるのが賢明だろう。
身体や頭を使うのがおっくうになると認知症のリスクが高まる
前頭葉が想定外に対応する脳だとすると、ここが衰えてくると想定外なことを避けるようになる。
行きつけの店しか行かないとか、話す相手が限られてくるとか、同じ著者の本しか読まないというのがこれにあたる。
そういう徴候が現れてきたとすれば、前頭葉が衰え始めていると自覚したほうがいい。
これを放っておくと、老化が進んでしまう。前頭葉が老化すると意欲が衰えてしまい、身体や頭を使うのがおっくうになるので、10年後のことを考えると要介護や認知症のリスクが高まってしまう。
想定外の体験を増やす
ただ、前述のように脳というのは、使っていれば老化は進みにくくなる。
つまり、前頭葉を使うようにすればいいのだ。
つまり、想定外の体験を増やせばいい。
行きつけの店しか行かなくなったとすると、いろいろと新しい店を開拓するといい。知らない店に入ると、メニューにしても、店の人との対応にしても新しい体験ができる。
あるいは、いつも話し相手が決まっているような場合だと、新しい習い事を始めたり、新しいボランティアのサークルに入るなりして、ふだんとは違う話し相手を探してみる。
ふだんとは違う文脈やリアクションを経験すると前頭葉が刺激される。
同じような著者の本を読む人の場合は、やはり聞いたことがないけど、気になっている著者の本を試してみるのもいいだろう。
予想した筋書きとは違う話を違う筋書きになっていれば、意外性を体験できるので前頭葉を働かせることになる。
あるいは、スーパーで見たことのない、食べたことのない食材を見つけたら、それを使って料理にチャレンジするというのもいいだろう。
レシピを考えたり、調べたり、作ってみたら味が違っていたという体験が前頭葉を刺激するからだ。
試してみる姿勢が認知症を遅らせる
こういう試してみるという姿勢が脳の若さを保ってくれる。
こういう風に脳を使っていたら、意欲が保たれるので、認知症にならないとは言わないが、その発症をかなり遅らせることができるはずだ。
そもそも日本人は、あまり前頭葉を使わない国民性だ。
だから30年も賃金が上がらないし、やっと与党が選挙で過半数割れになったが、現状維持を望むような状態が続いている。
逆にいうと、ちょっと前頭葉を鍛えるだけで、周囲に伊達に歳をとっていない頭のいい高齢者の扱いを受けられる可能性だって高いのだ。
著者
和田 秀樹(わだ ひでき)
国際医療福祉大学特任教授、川崎幸病院顧問、一橋大学・東京医科歯科大学非常勤講師、和田秀樹こころと体のクリニック院長。
1960年大阪市生まれ。1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科、老人科、神経内科にて研修、国立水戸病院神経内科および救命救急センターレジデント、東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、高齢者専門の総合病院である浴風会病院の精神科医師を歴任。
著書に「80歳の壁(幻冬舎新書)」、「70歳が老化の分かれ道(詩想社新書)」、「うまく老いる 楽しげに90歳の壁を乗り越えるコツ(講談社+α新書)(樋口恵子共著)」、「65歳からおとずれる 老人性うつの壁(毎日が発見)」など多数。
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