【和田秀樹コラム】成年後見制度が変わる|「80歳の壁」著者が語る「介護の誤解」vol.43

制度の根本的な見直しへ
1年半ほど前、このコラムで成年後見制度の問題点について論じたが、それがついに改正されることになりそうだ 。2026年1月、成年後見制度に関し、法制審議会において「改正要綱案」が取りまとめられた 。これにより、成年後見制度を根本から見直す方向性が、具体的に示されることとなったのだ 。
現在の制度が抱える「本人の意思無視」という問題
現在の成年後見制度では、本人の判断能力の程度に応じて、利用できる制度が「後見(判断能力を欠く常況)」、「保佐(判断能力が著しく不十分)」、「補助(判断能力が不十分)」の3つの類型に分かれている 。たとえば、認知症で判断力が衰えた人がリフォーム詐欺業者などに騙されて高額な契約をしてしまったときに、本人の署名捺印だけでなく、後見人、保佐人、補助人の署名捺印がないと、その契約は成立したと見なされない 。とくに後見レベルと家庭裁判所が判断すると、本人には判断能力が「欠く」と判断されることになるので、本人の署名捺印がなくても、後見人の署名捺印だけで、契約が成立してしまう 。
一生懸命働いたり、投資で儲けたり、あるいは代々の資産を引き継いで、何百億も財産をもっていても、その財産の処分にまったく本人が関与できず、後見人が基本的に代わりに判断できてしまうのである 。それどころか、それが拡大解釈されて、たとえば金があるから、高級老人ホームに入りたいとか、三ツ星のレストランにいっておいしいものをたべたいとか、この子(人)は私によくお世話をしてくれるので養子にしてあげたいとかいう意思についても、その意思はないものとみなされて、後見人が認めない限り、本人の意思は無視されてしまう 。
医師から見た「判断能力」と「意思能力」の乖離
実は、この後見、保佐、補助の判定は、医師の診断書をもとに家庭裁判所が行う 。そして、家庭裁判所が主治医向けに出しているガイドラインをみると、後見の診断を出す条件は「高度の認知症」であることになっている 。具体的には改訂長谷川式簡易知能スケールで11点以下がその条件とされている 。これは本日の日付や数字を逆に言う、知っている野菜の名前をできるだけ多く答えるなど30点満点の簡単なテストである 。
私のように長年高齢者専門の精神科医をやる人間にとって、11点では、とても高度の認知症とは思えないし、ましてや意思能力がないとは考えられない 。要するに0点の人はともかく、1点でも取れていればその問題の意味を理解できていて、それに正しい答えを出そうとして、それができているのだから、意思がないとはとても言えない 。意思能力と判断能力は違うのだ 。認知症の人は理解力は落ちていないが、判断力が落ちる 。これを救おうとして作られたのが成年後見制度である 。
一度始めたらやめられない「レッテル貼り」の恐怖
2000年4月1日に施行されて以来、四半世紀以上のうちにさまざまな問題が浮かび上がってきた 。たとえば、「一度始めたらやめられない」ということだ 。せん妄やうつ病などの一過性の意識障害でも、一度後見という判断を受けると戻すのが大変難しい 。また、「生活のすべてを管理されてしまう」というのもよく聞かれる不満だ 。本来、重要な契約のためにする判定なのに、生活のすべてが管理され、意思能力がないような扱いを受ける 。
実際、ある患者さんは、成年後見が判定されてから老人ホームでの待遇が変わり、食事や待遇への不満をまったく聞いてもらえなくなったという 。国も、後見制度を利用している人に選挙権を与えており、契約上の判断はできなくても「選ぶ意思」はあると認めている 。それなのに、実地の裁判官や施設の職員などはそう考えないという実情があるのだ 。
改正によって「本人の権利」はどう守られるか
それを改正しようという「改正要綱案」では、「後見・保佐・補助」が「補助」に一本化される方向になった 。つまり、認知症がかなり進んで「後見」レベルになっても、後見人の一存で判断や契約はできず、本人の署名捺印が必要になる 。また、「特定補助制度」の新設により、本人の権利を制約するおそれがある場合には特定補助人が契約を取り消すこともできるが、今の「後見」扱いよりははるかにましな制度といえる 。
さらに、成年後見制度が「途中で終われる」制度に変わったというのも大きい 。不動産の売却や相続の手続きを終えたら、成年後見というレッテル貼りをやめることができるようになったのは重要な進歩だ 。また、本人の利益の観点から、よくないと認められたら「補助人」を解任できるようになったことも、トラブルを減らすためのよい改正といえる 。
「何もできなくなる」という誤解を超えて
長い期間、認知症患者の人権を踏みにじるような制度が続いていたが、やっと改善されるのは嬉しい話だ 。しかし、この制度が悪用された背景には、「認知症になると何もわからなくなる」という誤解がある 。認知症は何もできなくなる病気ではなく、できないことが少しずつ増えていく病気だ 。軽度のうちは運転もできるし、わざと危険なことはしない 。認知症というと「できないこと」ばかりが強調されるが、本当は「まだできること」にもっと着目すべきだ 。できないことを増やさないために、運転を含めてできることを続けることが大切なので、もっとできることに着目した制度設計をしてほしいものだ 。
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