意欲低下を予防する生活術|和田秀樹の「介護の誤解」vol.5

脳トレと老化予防
前回、高齢者にとって意欲低下が怖いものなのに、放っておくと意欲低下が老化と共に進んでしまう話をした。 その原因として、脳の中の意欲を司る部分である前頭葉の委縮と、意欲を増してくれる神経伝達物質のセロトニンの減少、そして加齢による男性ホルモン分泌の低下を挙げた。 今回は、これらを少しでも防ぐための生活術を話してみたい。
これによって、意欲低下を遅らせることができれば、歩き続けようとか頭を使い続けようという意欲が保たれ、それによって身体機能や知的機能の低下を防ぐことができるはずだからだ。
前頭葉の老化予防
まず、前頭葉である。
前頭葉の老化予防について、音読や計算などで、前頭葉の部分の血流が増えるという話が一時期話題になった。 ということで、それがブームになったし、その提唱者である東北大学教授の川島隆太さんが開発した脳トレのゲームボーイは大ヒット商品になった。 ただ、その後、認知症は増え続け、高齢者の意欲が増している印象は受けない。 脳の血流を増やすだけではだめだというのが私の印象だ。 前にも書いたが、脳トレに関しては否定的な研究結果が相次いでいる。 腕の筋肉を鍛えても、脚の筋肉が増えないのと同じようなものだと私は考えている。 これまでも書き続けてきたことだが、高齢になればなるほど、使わなかったときの機能の低下が激しくなる。 若いころであればコロナ自粛で3年も外に出なくなっても、歩けなくなることはない。しかし、歳をとればそうはいかない。 脳についても同じことが言えるだろう。
日常に想定外を取り入れる
定年後、ろくに頭を使わないような生活をしていると、比較的簡単にボケたようになってしまう。 それは前頭葉についても言えるはずだというのが私の考えだ。 前頭葉機能が若々しいと意欲が出るということはよく知られていることだが、逆に意欲を無理無理に出していくと前頭葉が鍛えられるかどうかはわからない。そもそも意欲を無理無理出すのは、そう簡単なこととは思えない。 意欲のない高齢者にデイサービスにいくとか、もっと外にでようという形で意欲を出すように勧めても、ほとんどうまくいかないのは経験上わかっている。 前頭葉をどうすれば使えるのか? 一つわかっていることは、前頭葉というのは想定外のことに対応する部位だということだ。逆にルーティンになっていることをしても前頭葉はほとんど使われない。たとえば、難しい本を読んでも側頭葉という場所で処理されるし、数独やパズルの問題をしていても頭頂葉が鍛えられるだけだ。 逆に前頭葉の機能が低下してくると、意欲低下より先に、想定外のことを避けるようになる。たとえば、行きつけの店にしかいかなくなるとか、同じ著者の本ばかり読むようになるとかだ。それなりに動いているし、知的な活動も続けるのだが、それがルーティン化してしまうのだ。
日常をルーティン化しない
こういう際に、前頭葉を使いたいなら、想定外のことをあえてやってみるというのがいいだろう。 たとえば、毎日、違う店で昼ご飯を食べるとか、ふだんとは帰り道を変えてみるとか、女性なら使ったことのない食材で料理を作るとか、とにかく普段通りでないことをやってみる。最低一日一回でもやっていると、それだけ前頭葉を使うことになる。 もちろん行ってみたらまずかったとか、思ったより面白いことがなかったとか、料理を大失敗するとか、結果がよくないこともあるだろう。 この普段と違うことをやるというのは、いい結果を期待してということより、日常をルーティン化しないことに意味があると私は考えている。
失敗を恐れすぎずチャレンジすること
もう一つ、私はメンタルヘルスのためにも、歳をとってから充実した時間を送るためにもこれは大切なことだと考えている。 日本人の悪いところに失敗を恐れすぎるということがある。何か新しいことをして失敗するくらいなら現状維持でいいという生き方につながるのだ。 これは、私は教育に問題があると考えている。 たとえば、理科の実験室などでも、子供に怪我をさせないように失敗しないような実験をさせる。 〇〇を何CC入れて、それに××を何CC入れてというようにレシピ通りにやらせる。結果がわかっているようなことをやるのは実験でない。料理教室と言っていいようなものだ。料理教室だって、レシピに逆らって、塩を多く入れるとか、油をオリーブオイルに変えてみるとかすれば、実験になる。 要するに実験とは、失敗を前提にして行い、失敗したら新しい実験を組みなおせるものをいう。入った店がまずければ、別の店をトライする、料理がまずければ、またレシピを変えてみるのが実験だ。
暇な時間が充実した時間に
失敗しても、新しいことをまたやり直せばいいと思えると、気分も軽くなるし、うつ病の予防にもなる。 歳をとって暇になったら、毎日が実験だと思って、あれこれとチャレンジすることで、メンタルヘルスにもいいし、暇な時間が充実した時間になることだろう。 想定外なことが起こるという点では、投資や競馬などのギャンブル、起業、恋愛などもいいかもしれない。 投資をする際には限度額を決めて、老後の資金がなくならないような規制は必要だろうが、うまくすればかなりのお金が得られる。 ギャンブルも進めたいが、歳をとって前頭葉が委縮してくると依存症になりやすくなるのでパチンコは勧めない。やはり競馬のように研究ができて、頻度もそう多くないもののほうがいいだろう(毎日だと依存症になりやすい)。 起業は資金がかかるし、恋愛は家庭のトラブルになりかねないという問題はあるが、確かに前頭葉を活性化するのは事実だし、定年後起業に成功した人や恋をしている人が若いのも確かだ。 いずれにせよ、前頭葉というのは若いころから、冒険をせず、上から言われたことしかやってこなかった人は、ほとんど使わずに生きてきたということが、とくに日本人には多いように思える。 その分、日本人の前頭葉が早く老化している印象が強い。これまで書いてきたようなことを意識してなるべく前頭葉を使うように心がけたい。
セロトニンとうつ病
次にセロトニンである。 セロトニンという神経伝達物質は脳内で足りなくなると、イライラしたり、不安感が強くなったり、痛みに敏感になったりするし、何より意欲低下の原因になる。もっと足りなくなった状態がうつ病と考えられている。 血液脳関門というのがあって、血液中のセロトニンを増やしても必ずしも脳のセロトニンが増えないという問題はあるが、血液中のセロトニンがあまりに少ないと脳にいく量も減ってしまうので、やはりセロトニンを増やす生活は大切だ。 一つには、セロトニンの材料がトリプトファンというアミノ酸なので、セロトニンを増やすためにたんぱく質を十分に摂るということが大切だ。 歳をとるとあっさりしたものを好む人が多いが、セロトニン不足を防ぐために、肉類、魚類、大豆などを積極的に摂るようにしたい。 あと、セロトニンは太陽を浴びると分泌が促されることがわかっている。 北欧など、冬場に太陽が一日でないような国では、冬場にうつ病が増えることが知られている。太陽光でなくても、明るい光で代用できるようで、昔からうつ病の治療に、強い光をあてる光療法というのが採用され、かなり有効だとされている。 要するに、一日30分でも散歩して、日の光を浴び、部屋をなるべく明るくすることでセロトニンの不足はかなり予防できる。
散歩の習慣もうつ病予防に
軽い運動もセロトニンを増やすことが知られている。その意味でも散歩の習慣は重要だ。 このような形でセロトニンを増やす生活を心がけておくと、意欲も保たれるし、うつ病の予防にもなるだろう。 ただし、前述のように血液中のセロトニンを増やしても脳内のセロトニンを必ずしも増やしてくれるとは限らない。 とくにうつ病になるレベルのセロトニン不足の場合は、セロトニンが働く神経と神経のつなぎ目でセロトニンを増やしてくれるようなうつ病の薬を使わないといけないこともある。 実際、高齢になるほどうつ病が増え、65歳以上の人の5%はうつ病と考えられている。うつ病をずっと放っておくと最悪自殺ということにつながるし、そうでなくても、認知症になりやすくなるということは明らかになっている。 そういう意味で、うつ病は早期発見早期治療の必要な病気だ。 生活を変えても意欲がわかず、とくに食欲も落ちているというような場合は、医者に頼るのは基本的に正しい選択だ。 ということで前頭葉を鍛え、セロトニンを増やすことで意欲を保つ生活術を紹介してきた。 男性の場合、実はそれ以上に老化とともに意欲を落とす原因になるのが男性ホルモンの低下だ。 これに関しては次回、きちんと説明したい。

著者
和田 秀樹(わだ ひでき)
国際医療福祉大学特任教授、川崎幸病院顧問、一橋大学・東京医科歯科大学非常勤講師、和田秀樹こころと体のクリニック院長。
1960年大阪市生まれ。1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科、老人科、神経内科にて研修、国立水戸病院神経内科および救命救急センターレジデント、東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、高齢者専門の総合病院である浴風会病院の精神科医師を歴任。
著書に「80歳の壁(幻冬舎新書)」、「70歳が老化の分かれ道(詩想社新書)」、「うまく老いる 楽しげに90歳の壁を乗り越えるコツ(講談社+α新書)(樋口恵子共著)」、「65歳からおとずれる 老人性うつの壁(毎日が発見)」など多数。
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