介護うつの本当の怖さ【カイゴのゴカイ 11】

 

介護のゴカイ

介護うつの本当の怖さ【カイゴのゴカイ 11】

介護による疲弊と介護うつ

自殺ほう助と介護うつ状態だった可能性

有名な歌舞伎役者が、両親の自殺ほう助で逮捕され、さらに自らも自殺を図っていたということもあって、マスコミを賑わわせている。
本人は、「私に関するパワハラやセクハラなどの記事が週刊誌に掲載されることが一つの大きな引き金になっています」と供述しているようだが、週刊誌でその程度のことを書かれることで、自らが命を絶つだけでなく、両親まで自殺をするという話になるのが不自然だという声も聞こえる。
もちろん、この週刊誌報道がきっかけになっていることは私も否定しないが、そこから自殺とか心中という話になるのは、私は別の背景があると考えている。
それは親の介護問題である。
報道を読む限り、その役者の父親は、2003年に脳梗塞を発症し、車いす生活を余儀なくされ、さらに末期がんを患い、意思の疎通も困難なレベルの要介護状態だったという。
そして、20年近くも母親とその役者が介護を続けていたという。
これでは、心身共に疲弊するだろうし、外向けの元気な顔とは別に、実際はうつ状態だった可能性も十分あり得る。
うつ状態の場合、うつ病レベルでなくても、夜も眠れなくなるし(とくに何度も目が覚めて、寝た気がしないパターンの不眠)、食欲も落ちてくる。
夫や親の介護をする元気もどんどん落ちていくことだろう。
このようなうつ状態になると、慢性的に生きていても仕方がないとか、もうあの世に行きたいと思うような希死念慮と呼ばれる症状も珍しいことではない。
週刊誌の報道がきっかけになったというより、それが背中を押すような形になったのかもしれない。

「介護・看病疲れ」と殺人・自殺との因果関係

自分が死にたいと思った際に、自分がいないと誰も介護をする人がいなくなるからという理由で、介護されている人(通常は親や配偶者)も道連れにして殺すということも少なくない。
つい最近も、介護疲れで介護される側の妻を車いすごと海に落とすという殺人事件の実刑判決がくだったが、警察庁の犯罪統計によれば、2007年から2014年までの8年間に「介護・看病疲れ」を動機として検挙された殺人は356件、自殺関与は15件、傷害致死は21件だったという。8年間で約400人の人が死に至らしめられている。年間50件だ。日本という治安のいい国は令和4年度の殺人の認知件数が853件なのだからいかにその中で介護殺人がすごい割合かがわかる。
2007年から2015年の9年間に「介護・看病疲れ」を動機とした自殺者数は2,515人ということで、これも年に300人ということになるが、これは遺書のある者についての数で、介護うつから自殺というのも合わせるとずっと多いはずだと推定する。

うつ病の怖さと介護うつ

うつ病という病気は人間の判断力や思考パターンを変える病気

うつ病という病気は人間の判断力や思考パターンを変える病気でもある。
ものごとを悲観的に受け止め、それを修正できなくなってしまうのだ。
今回の場合は、自分のセクハラやパワハラの報道で、これから役者として生きていけないとか、もう人生は終わりだと思ってしまい、それが疑えなくなってしまったということなのだろう。
そして、母親のほうも介護うつだったとしたら、同じような考え方に陥っていたのかもしれない。
今回は、この役者が介護うつだった可能性を論じるメディアは少ないが、長年の高齢者医療の経験や精神科医としての経験から、そう思えてならないのだ。

介護うつも立派な病気であり解決法は無理をしないこと

もし介護うつが、原因とまでいかなくても、かなり重大な要因だったとしたら、後からでは遅いのだが、二つの解決法はあったはずだ。
まず一つは、介護うつも立派なうつ病なので、きちんと治療を受けるべきだったということだ。
この役者は睡眠剤を相当量手に入れ、それで自殺ほう助をしたということなので、ひょっとしたら何らかの、心療内科や精神科の治療を受けていたのかもしれない。
ただ、今の精神科治療では、薬を出すだけというところも多いので、きちんとカウンセリングが受けられなかったのかもしれない。
私にしても、保険診療の場合、十分な時間をとって話を聞いて差し上げられないので、家族会などで、ほかの介護家族、認知症の方の家族と一緒に、そのつらさをうかがうようにしている。また、自費診療のクリニックでゆっくり時間をとることはある。この役者さんのように経済的に余裕のある方なら、その選択も可能だったと思うので、残念だと思う。
もう一つは、介護うつになるまでに無理をしないということだ。
この役者さんの家にもお手伝いさんのような方は来ていたようだが、公的な介護サービスは受けていなかったらしい。
こういうことはプロに任せた方が、はるかに楽になれるし、いろいろな相談にも乗ってもらえる。
別の報道では、役者もその母親もプライドの高い人で、家の事情を外に知られないために、このようなサービスをうけなかったのではないかというものもあった。
こういう人が実際に多いのは確かだが、介護保険が始まって20年以上経った現在、介護ヘルパーであれ、訪問リハビリであれ、訪問看護であれ、スタッフの技量はかなり高くなっていて、こちらが感服することも多い。もちろん守秘義務があるので、言いふらされる心配は原則無用だ。

無理な在宅介護による介護虐待は珍しいことではない

本来は、デイサービスのような通所型のものの利用が賢明だ。
これもプライドが許さないかもしれないが、迎えもきてくれるし、いちばん手がかかる入浴サービスや、脳や身体にいいアクティビティもやってくれる。
それ以上に、私は無理な在宅介護をすべきではないと思っている。
いまだに施設に入れることを介護を放棄したり、親を棄てるように思う人が多いのだが、本当に身内ができる介護でいちばん大切なことは、精神的な余裕と愛あるコミュニケーションだと私は信じている。
親や配偶者を住み慣れた家で看ないといけないと思っていると、疲労などから、つい強い言葉がでてしまったり、その介護される人に対して、憎しみさえ覚えることもある。
実際、ある公的なアンケート調査では、介護虐待をしたことがあると答えた介護者は4割近くにのぼっている。もちろん、ひどいことばを吐いたり、かっとなって小突いたりみたいなレベルのものが多いだろうが、それだって施設でやれば今はニュースになる。そのくらい珍しいことなのだ。
親や配偶者を特別養護老人ホームや介護付きの有料老人ホームに入居してもらって、その代わりに、しょっちゅう見舞いにいってあげることで、介護はプロに任せて、心身共に疲れていない状態で、ニコニコと笑顔で見舞いのときにコミュニケーションをとるという分業のほうが介護する側も介護される側も満足度が高いはずだ。
にもかかわらず、在宅介護が介護される側にとっていちばん幸せだと思い込んでいる人が多い。
この考え方を少しリセットできれば、疲れてきたら、ホームに入居という風に決めておくだけで、在宅で介護する際にも、気持ちが楽になるはずだ。

介護うつと介護する側のメンタルの大切さ

介護うつになりやすいものの考え方から柔軟な姿勢に変えることが大切

もう一つ、介護うつになる人にはものの考え方に落とし穴があることも多い。
前にも問題にしたことだが、介護うつになるような人は、うつ病になりやすいようなものの考え方(第9回参照)をしていることが多い。
たとえば、「介護する以上は、親を施設に入れるようなことをしてはいけない」というのは、典型的な「かくあるべし思考」だ。
親が幸せなら、あるいは元気なら、在宅でも、施設でもどちらでもありという柔軟な姿勢が大切だろう。
完全主義の人や二分割思考の人が介護をすると、完全でないといけないという思いから、自分のちょっとしたミスや手抜きがゆるせない。
今回の役者も、これまでパーフェクトな役者を目指していたので、ちょっとしたスキャンダルが生きている価値がないと思うくらい許せなかったのかもしれない。
そして、将来は絶望的だ、ほかの可能性がないという「占い」という不適応思考から、今回のようなことになったように思えてならない。

プロに相談に乗ってもらい共倒れしないための介護を

介護というのは、いつ終わるかわからない長丁場のものだ。
楽をするといけないのでなく、少しでも楽をしないと長続きしないで共倒れになったり、途中で介護うつになり、結果的に介護ができなくなったり、最悪の場合は、介護自殺、介護心中、介護殺人になってしまうことさえある。
親や配偶者の介護の場合、今、自分がこうでないといけないと思うことがあれば、ほかの可能性を探ってほしいし、たとえば、ケアマネージャー(介護保険を受けている場合)のようなプロに相談に乗ってもらって、少しでも楽になる方法を見つけてほしい。
今回の役者の場合、介護保険さえ受けていなかったようだが、介護保険を受けないことには、自分の担当のケアマネージャーがいないため、相談さえ難しい(もちろん、地域包括支援センターに行くという手があるが、それさえ知らない人も多い)。
介護保険が始まって20年以上経ち、自己負担が増えたり、介護保険料は上がった代わりに、使えるサービスも充実してきて、バリエーションも豊富になったし、プロのテクニックや相談能力も上がってきている
今回の事件での教訓は、介護を続ける以上、介護する側のメンタルを大切にしないといけないことだと思う。
楽をすることを悪いことと思わず、楽にしないとメンタルがもたないと思ってなるべく情報(公的介護の情報だけでなく、民間の有料老人ホームその他の情報も含めて)を集めてほしい。

著者

和田 秀樹(わだ ひでき)

国際医療福祉大学特任教授、川崎幸病院顧問、一橋大学・東京医科歯科大学非常勤講師、和田秀樹こころと体のクリニック院長。

1960年大阪市生まれ。1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科、老人科、神経内科にて研修、国立水戸病院神経内科および救命救急センターレジデント、東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、高齢者専門の総合病院である浴風会病院の精神科医師を歴任。

著書に「80歳の壁(幻冬舎新書)」、「70歳が老化の分かれ道(詩想社新書)」、「うまく老いる 楽しげに90歳の壁を乗り越えるコツ(講談社+α新書)(樋口恵子共著)」、「65歳からおとずれる 老人性うつの壁(毎日が発見)」など多数。

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