高齢者の運転と薬の危険性【カイゴのゴカイ 20】
介護のゴカイ
高齢者の交通事故と意識障害
高齢者の目立つ事故の不自然な点とは
最近、『薬害交通事故 - 免許返納を決める前に読む本』という本を出した。
要するに高齢者の運転が危ないから免許返納を求める声が強いが、統計を見る限り、高齢者の事故は決して多くない。
ただ、目立つ事故が多いから危ない印象をもたれてしまう。
私がこの本を書く気になったのは、目立つ事故というのは、不自然な点が多いということだ。
確かに高齢になると動体視力も、反応速度も落ちるし、それに対する対応が悪くなる。だから、飛び出してくる子どもにブレーキを踏むのが遅れるなどという理由で、人を撥ね殺すような事故を起こしたというのなら、高齢のせいだということで納得できる。
ただ、実は高齢者というのは、多くの場合、その手の能力が落ちていることを自覚しているようで、ノロノロと運転するドライバーは少なくない。
ところが報じられている事故というのは、ふだんは安全運転をしている人が突然暴走して、信号無視などをしたあげく人を複数人ひいてしまうような事故だ。
高齢者の意識障害で代表的な「せん妄」
私のように高齢者を専門にする医師なら、まっさきに疑うのが意識障害だ。
身体は起きていても、頭は寝とぼけているような状態で、夢を見たり、幻覚を見たりすることもある。
その代表的なものがせん妄なのだが、これは何回か前に述べたように高齢者には意外に多く、入院の場合など2~3割の人に起こるとされている。
これは実は家の中で起こることもあるし、当然、車の運転中に起こることもある。
だから、私には、これらの事故は、せん妄を起こしたのではないかと疑っているのだ。
高齢者の交通事故と運転注意薬の影響
せん妄と薬の影響
実は、そのせん妄の原因として、とくに入院など環境が変わったわけでないのに、いちばんあり得るのは、薬の影響だろう。
前にも説明したが、運転に危険が生じるとされる薬は公的にリストアップされていて、運転禁止薬に指定されている薬はなんと2700種類以上にも上る。医療用医薬品の25%が運転禁止薬となっている。
運転禁止薬については、インターネットで簡単にリスト入手できる。(これは一例である)
https://www2.hosp.med.tottori-u.ac.jp/departments/establishment/pharmaceutical/files/53614.pdf
(※引用:鳥取大学医学部附属病院薬剤部ホームページより)
たとえば、昔から風邪薬は眠気を催すので、服用中は運転してはいけないなどと言われていた。確かに風邪が治るまで、薬を飲まなくて済むようになるまでは運転をするのは控えたほうがいいだろう。アレルギー性鼻炎や花粉症などの薬も同じように危ないとされてきたのだが、最近は眠気などの副作用がましになった薬が利用可能になり、運転禁止薬でない、運転注意薬の扱いを受けている薬も少なくないし、運転がOKとされている薬(アレグラなど)も利用可能になったので、花粉症などの時期にリストをみて自分の飲んでいる薬が運転禁止薬なら車を運転する人は変えてもらったほうがいいだろう。
運転に注意が必要な薬の影響
私も、糖尿病のために6か月に一度眼底検査を受けているが、その検査前に使う散瞳点眼薬も運転禁止薬に入っている。医者にその効果がなくなる数時間運転を禁止されるのだが、一度、うっかり自動車で病院に行った日に、点眼して3時間経っているから大丈夫だろうと思って運転して、次の仕事に行こうとしたが、かなりまぶしくて、相当ゆっくり運転した記憶がある。この手の薬であれば、自分から運転を避けるだろう。
統合失調症や、てんかんや、うつ病や躁うつ病や重度の眠気の症状を呈する睡眠障害も症状がコントロールされているなら、免許は有効であるというのが道路交通法で明記されているが、これらの人たちに使われている薬のほとんどが運転禁止薬になっているという矛盾がある。
医師と相談して運転注意薬レベルの薬に変えてもらうか、眠気を自覚するなどがあれば薬の量などを調節してもらうのが現実的な対応だろう。
精神障害レベルでない神経症、不安障害などは本来は運転にはまったく規制はないのだが、その治療に使われる精神安定剤や抗不安薬と呼ばれる薬は、ほとんどの薬が運転禁止薬になっている。できれば最少量にしたり、運転するときは飲まないというのが望ましいのだが、逆に薬を飲まないと運転中にパニックを起こして、かえって危ないこともある。一度、主治医と相談はしておくに越したことがない。
運転禁止薬の血中濃度の半減期は高齢になるほど長くなるの注意が必要
さて、意外に怖いのが、睡眠導入剤である。
これらの薬のほとんどは、精神安定剤の中で眠気の強い薬が使われている。もちろん、安定剤でないものも含めて運転禁止薬である。ただ、翌日、薬が残っていなければ運転には問題はないというのが通常の考え方である。
ところが、実は、安定剤や抗不安剤の類の薬(とくにベンゾジアゼピン系と呼ばれるもの)のほとんどは高齢になるほど、血中濃度の半減期が伸びることがわかっている。
要するに、肝臓の解毒能力が落ち、腎臓での排泄能力が落ちるので、薬の血中の濃度がなかなか落ちないのだ。代表的な安定剤とされるジアゼパムでは、20歳くらいなら半減期が20時間くらいなのに、70歳になると70時間くらいになるのだ。
現在、寝つきの悪い人に向けて長短時間作用型の睡眠導入剤(たとえばゾルビデムの半減期は2時間、トリアゾラムの半減期は2.9時間)が使用されることが多い。若い人であれば、半減期が2時間の薬なら服用後6時間で血中濃度が1/8、8時間後で1/16になるのだが、高齢になればそうはいかなくなる。 高齢者で睡眠導入剤を飲んでいる人は、朝どのくらい頭がはっきりしているかをチェックして、なるべく午前中は運転しないのが無難だろう。
実際、運転禁止薬が脳に残った状態で運転して事故を起こした場合は、危険運転致死傷罪に問われる可能性がある。実際`22年には、前日に(その当日ではない)睡眠薬を飲んで運転して事故を起こし、1名を死亡、3名に重症を負わせた男性が懲役7年の刑に処されたという事例もある。
運転注意薬とされる糖尿病治療薬や降圧剤
あまり説明されていない糖尿病治療薬や降圧剤の運転への悪影響
さて、それ以上に使う人の人口が多いために悪影響が怖いのが、運転注意薬とされる糖尿病治療薬や降圧剤だ。
これらの薬は、「重篤かつ遅延性の低血糖を起こすことがあるので、自動車の運転などに従事している患者に投与するときには注意すること。また、低血糖に関する注意について、患者お呼びその家族に十分徹底させること」「降圧作用に基づくめまい、ふらつき等があらわれることがあるので、自動車の運転などには注意させること」とかということで運転注意薬に指定されている。
ただ、おそらくはほとんどの医者は、この手の注意をしないで、血圧や血糖値を下げないと、将来心筋梗塞や脳卒中になると説明するはずだ。
重度の低血糖は意識障害の大きな原因の一つだ。
意識が朦朧としたり寝とぼけた状態になっているのに身体は起きているので、運転をするときわめて危ない。ところがこの低血糖発作が突然起こることもある。ちょっと体調が悪いなと思って運転していたら、意識が朦朧としてきて、思わぬ事故を起こしたり、ヒヤリハットのようなことになるのだ。
運転していないときでも高齢者にとって低血糖の発作は思わぬ転倒骨折の原因になることは珍しくない。
私が浴風会病院という高齢者専門の総合病院に勤務していた際に、糖尿病でかかっている患者さんが、ボケたようになったり、失禁をするということで当時の浴風会の糖尿病の専門の医師にかかる人が多かった。そして薬やインスリンを減らしてあげるとほとんどの患者さんが回復するのだ。
医者にくる時間帯の血糖値を正常値にしようとするとどうしても低血糖の時間帯が生じる。それが脳に大きなダメージを与えるし、言動の異常や失禁につながる。運転する高齢者が少ない都内だからそれで済んだのだろうが、地方なら運転中に起こったら大惨事につながりかねない。
血圧の下げ過ぎでは意識障害までいかないことのほうが多いだろうが、あり得ない話でない。そのほか、塩分の控えすぎや利尿剤の服用などによる低ナトリウム血症も意識障害やけいれんの原因になり得る。
私は車を運転するので、低血圧や低血糖が起こらないように注意をしている。
だから、通常よりずっと高い、最高血圧170mmHgで血圧をコントロールしているし(飲まないと220になるので、ちゃんと服薬はしている)、朝の血糖値も300mg/dlを越えないと薬を飲まないのもそのためだ。
免許の返納の前に運転注意薬との向き合い方を考える
厚労省所管の独立行政法人・医薬品医療機器総合機構(PMDA)が公開している「医薬品副作用データベース」というものがある。このデータベースには`04年から`23年まで、全国の医師や患者から寄せられた約88万件の副作用被害がまとめられている。そのうち、交通事故を引き起こしたケースは643件。死亡事故は、なんと44件も発生していた。
高齢者の事故率は若い人などと比べて決して高くない。ただ、自爆のような事故で自分が死ぬ死亡事故が多いため(これも意識がしっかりしていたら、ブレーキを踏むだろうし、エアバッグのついた車なら死ぬことはないだろう)死亡事故率だけが高くなっているだけだ。
そして、免許を返納すると6年後の要介護率が2.2倍になるという筑波大学の調査もある。
免許の返納をする前に薬をチェックしたほうがいいし、高齢者の薬との向き合い方を書いた本なので、この『薬害交通事故』はぜひ読んでほしい。
著者
和田 秀樹(わだ ひでき)
国際医療福祉大学特任教授、川崎幸病院顧問、一橋大学・東京医科歯科大学非常勤講師、和田秀樹こころと体のクリニック院長。
1960年大阪市生まれ。1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科、老人科、神経内科にて研修、国立水戸病院神経内科および救命救急センターレジデント、東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、高齢者専門の総合病院である浴風会病院の精神科医師を歴任。
著書に「80歳の壁(幻冬舎新書)」、「70歳が老化の分かれ道(詩想社新書)」、「うまく老いる 楽しげに90歳の壁を乗り越えるコツ(講談社+α新書)(樋口恵子共著)」、「65歳からおとずれる 老人性うつの壁(毎日が発見)」など多数。
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