【和田秀樹コラム】地震より怖い多剤併用|「80歳の壁」著者が語る「介護の誤解」vol.44

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【和田秀樹コラム】地震より怖い多剤併用|「80歳の壁」著者が語る「介護の誤解」vol.44

三陸沖地震の被害状況と地震に対する危機意識

4月20日夕方、三陸沖でマグニチュード7.7の地震が発生し、青森県で最大震度5強を観測したそうだ。この地震で、これまでに7人がけがなどをしたとされている。青森県では20代の女性が足を骨折したほか、別の20代女性が椅子に頭をぶつけるなど、2人がけがをし、岩手県では80代の男性が骨折し、他に2人が過呼吸などで病院に搬送された。北海道では80代の女性が骨折したほか、93歳の女性が避難所で体調不良になったということである。かなり大きな地震でこの程度の被害で済んだのは幸いだが、実際、東日本大震災でも津波による溺死が死者の9割を超え、倒れた建物などによる圧死が667人、焼死が145人だったとのことだ。南海トラフ地震を含め、地震は怖いものという認識は強いし、それが間違っているとは思わない。

地震の被害を上回る薬の副作用と死亡リスク

ただ、それよりはるかに被害が大きいものに、日本ではまったく注意が払われないという問題がある。それが薬である。厚生労働省の報告によると年間3万件から4万件の副作用が報告されていて、何らかの形で具合が悪くなったとされている。そのうち死亡公表数は2000人から2800人で推移している。100~200人は因果関係が認められないと判定されているが、毎年2000人以上が薬の副作用で死んでいることになる。だとすると、東日本大震災で津波以外の原因で亡くなった方の数より多い。

薬剤数に比例する高齢者の転倒・骨折リスク

転倒は地震よりもっと多い。日本老年医学会の『高齢者の安全な薬物療法のガイドライン2015』によると薬剤数5~6の人の転倒の発生頻度はなんと40%を超える。相当の大地震でも震源のすぐ近くとかでないとこんなには転ばないだろう。これが3~4種類に減ると、頻度は20%まで下がる。それでも十分多いのだが、半分になることは確かだ。本当はまったく飲まないに越したことはない。薬を飲んでいない高齢者の転倒の発生頻度は3%なのだ。転倒することで起こることがよく知られているのが大腿骨頸部骨折だ。統計によると年間25万件も発生しているという。手術をしてリハビリをすれば再び歩けるようになることは珍しくないが、やはり転倒→骨折→寝たきりというパターンは今でも多い。この骨折の約8割が立った高さからの転倒で、転倒10~20回に1回の割合で何らかの骨折が発生するとのことだ。そういう点では、今回の震災で数人しか骨折しなかったということは不幸中の幸いと言っていいかもしれない。

多剤併用が招く高確率の転倒と震災以上の脅威

実は、日常的にこの地震より怖いものを多くの高齢者が日常的に経験している。それが薬の多剤併用だ。東大老年病科の小島太郎医師(現国際医療福祉大学教授)が都内診療所で調査したところによると、薬を5剤以上飲んでいる人の転倒発生頻度は40%を超えていた。これが3~4剤の人であれば、20%程度であった。さらに言うと、薬を飲んでいない人はそれが3%程度であった。4割以上の人が転ぶとすると、今回の震災の比ではない。東日本大震災でも4割もの人が転ぶことはなかっただろう。

日本の「臓器別診療」が多剤併用を生む背景

このような危険な多剤併用だが、日本では圧倒的にそれが多い。一つは、このコラムでも何回か話題にしたが、日本の医療が基本的に臓器別診療だということがある。大病院では内科という科が存在せず、循環器内科、呼吸器内科、腎臓内科という風に臓器別になっている。若いうちはそれでもいいかもしれないが、中高年以降は、血圧が高い、血糖値が高い、肝臓が悪いという風に、いくつもの病気を抱えることが多くなる。その一つ、一つに臓器別に薬が出されると、簡単に5種類、10種類と薬が増えていく。

総合診療医が多剤併用を防ぐ欧米の医療システム

海外では、とくにイギリスなどでは、総合診療が盛んで、一人の医師が人間として患者さんを診る。5種類、10種類の薬を飲んでいる患者さんがいると、それは身体に悪いということで総合診療医がその中から、3つか4つの薬を選んでくれる。そもそも、イギリスなどでは、原則的に専門医にかかる前に総合診療医にかかるので、そういうことも起こらない。日本では、この手の総合診療医があまりに少ないので、多剤併用が当たり前に行われてしまうのだ。

医療費抑制に直結する欧米の「エビデンス主義」と日本の現状

また欧米ではエビデンスのない治療が原則的に行われない。エビデンスというのは、その薬を飲み続けて、5年後、10年後にどういう結果が起こるのかという統計的根拠だ。薬を飲んで身体の中で化学反応を起こして、血圧を下げたり、血糖値を下げたりすることは難しくない。でも、その結果として、5年後、10年後の脳卒中が減るとか、死亡者数が減るというのは、大規模な比較調査をしないとわからない。脳卒中が減っても、肝臓が悪くなるなど副作用のせいで死亡率が下がらないというようなこともある。そういう統計学的に益があるという根拠がないと保険会社がお金を出してくれたり、公費が使われたりしないというのが欧米では原則だ。複数の薬を飲んでいる場合、エビデンスが取りにくいし、薬の害も増えてしまう。なので、保険会社が多数の薬を飲んでいる人にはお金を出さなかったり、公費が使われないということが多くなる。そのために多剤併用が行われることはあまりない。ところが日本では、エビデンスがなくても健康健康保険が基本的にお金を出してくれる。ということで多剤併用がそもそも多くなる。

高齢者への多剤併用を避ける海外のガイドラインと日本の非常識

また、欧米では多剤併用のほうが副作用が多いというコンセンサスがあるので、なるべくそれはしないようにしている。とくに高齢になるほど、副作用が増えるのは当たり前という考え方があるので、高齢者には多剤併用はしない。多くの国で、とくに高齢者には多剤併用をしないということがガイドラインになっているのだ。ちなみに、高齢者に原則的に薬物治療を行わないというスウェーデンの男性の平均寿命は世界一だ。このほうが長生きできるのかもしれない。日本では、てんこ盛りといわれるような多剤併用が当たり前に行われ、それがやりやすいように薬局で一包化もしてくれるわけだが、それは世界的に見ると非常識なのだ。

数値の正常化に潜む罠と薬の有効性の再考

すべての値を正常値にすると健康で長生きできると思われがちだが、実はそうではない。アメリカでの大規模調査では、血圧が170の人が薬で正常値にすると6年以内に脳卒中になる人が5%くらいだった。薬を飲まない人は8%なので、確かに薬は有効である。でも、3%しか差がないのであれば副作用のデメリットを考えると大して差がないという考え方もある。まして、その薬を飲むことで多剤併用になって転びやすくなるのなら、そちらのほうがまずいとも考えられる。

下げすぎによる「ふらつき」が招く要介護への悪循環

多剤併用に限らず、血圧が下がりすぎたり、血糖値が下がりすぎたりすると身体がフラフラすることは珍しくない。そのために転倒することが多いのは前述の通りだが、そういう状態になると外出がおっくうになったり、歩く時間が減ったりもする。それがフレイルにつながり、それでも歩かないと本当に歩行困難になったりする。つまり、ふらつきは要介護状態の呼び水になるのだ。いろいろな意味で、安易に薬を一つ増やすというのは危険なのだ。

薬による栄養不足の弊害と「減薬」がもたらす健康寿命へのメリット

私の経験では、薬を多剤併用すると、胃の調子が悪くなって、食欲が落ちてしまうことも多い。このコラムでも問題にしたことがあるが、高齢になってからの栄養不足は筋肉を落とすし、いろいろな臓器の調子を悪くする。臓器の調子をよくするために薬を飲んでいるのに、栄養不足のほうがもっと害があることは珍しくない。検査データを正常にするより、薬を減らす方が、よほど寿命にも健康にもメリットがある可能性がある。日本では大規模調査が行われないから本当のところはわからないが、少なくとも薬をたくさん飲むことが大地震以上に危険なことだという知識は一般に共有されてほしい。製薬会社のスポンサーに忖度するテレビ局がこの手の情報を流さないのはとても残念なことだ。医者の出す薬をありがたがるのでなく、1種類でも減らす努力が大切だということを改めて伝えておきたい。

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