【和田秀樹コラム】認知症は病気か?|「80歳の壁」著者が語る「介護の誤解」vol.33

メディアが煽る認知症の恐怖と臨床現場の現実
橋幸夫がアルツハイマー病を告白して以来、その怖さを特集する番組は多い。
そこでは、橋さんのようなケースがアルツハイマー病の典型例のように語られる。
物忘れが目立つようになって、コミュニケーション困難になるまで2年やそこらということだから、私の普段の臨床経験から見るとかなり進行が速いケースだ。
こういうものを見せられて認知症とはこんな病気なのだと思わされた視聴者や、認知症と診断された人の家族が恐怖に陥れられるのは不幸な話だ。
コロナのときもそうだったが、不安をあおるという情報番組の基本的なパターンと、臨床の現実を知らないコメンテーターたちのおかげでそれが本当の話になってしまうのが怖い。
通常は、物忘れが始まって、道に迷うまでに3~5年、コミュニケーション困難になるまでには10年くらいかかるものだ。
認知症というのは、初期であれば、物忘れがあっても何でもできるし、とくに高齢発症の場合はゆっくり進むという現実は本当に知ってほしいし、その間はできることをなるべくさせてほしいというのは、介護の基本だ。
新薬への期待と費用対効果への疑問
私が見たコメンテーターは、あまり評判のいい人ではないが、なるべく今できることをやらせてほしいと妥当なことを言っていたので、まだまともだと思った。
ただ、元大学教授で、教授時代、薬の治験で稼いでいただけあって、やはり早期診断、早期治療を勧める立場であることは確かだ。
こういう番組では、そしてこういうコメンテーターの場合、決まり文句のように「今はいい薬があるので」となる。
それが2023年の9月に日本でも認可されたレカネマブである。
脳内のアミロイドβの抗体ということで、アミロイドβを減らすことができるから認知症の進行を遅らせることができるという触れ込みだ。
ただ、アミロイドβを完全に除去してくれるわけではなく、減らしてくれるだけだから、少し進行を遅らせるのが関の山だろう。もちろん認知症が改善するわけではない。今、使われているドネペジル(一般的な商品名はアリセプト)のほうが脳内のアセチルコリンが増えるので一過性に認知機能が高まることがあるが、それも期待できない。
実際、発売されて2年くらいになるが、ものすごくいいという話は聞かない。
ただ、費用は年間約300万円(患者さんの自己負担は年間14万円程度)。これだけの金を使う価値があるように私には思えない。これが保健医療費から払われるわけだから、現役世代の負担も大きい。
そのうち、もっといい薬が出る可能性もあるし、これを夢の薬のように言うのはどうかと思ってしまう。
薬よりも重要な、脳を使い続けること
私の臨床経験から言わせてもらうと、神経の変性や脳の萎縮ばかりが、臨床をあまりやっていない医者や素人の人には問題にされるが、実際は、どれだけ脳を使っているかの方が進行予防にははるかに大切だ。
実際、今でも年に200枚くらいはMRI画像を見るが同じくらい萎縮していても、しっかりしている人もいるし、ボケボケの人もいる。
やはり頭をふだん使っている人のほうが同じくらいの萎縮でも脳の実用機能は高い。
逆に、家に閉じこもって何もしないような人はかなりボケたようになってしまう。
そして、その後の進行も頭を使っている人のほうが明らかにゆっくりだ。
でも、これはアルツハイマー病に限らず、老化全体に言えることだ。
身体を使っている人のほうが筋力や歩行能力は保たれるし、その後の身体機能の低下の速度も遅い。
老化を防ぎたければアクティブにしていればいいということだ。
意欲の維持とコミュニケーションの効果
認知症というと、記憶力とか理解力の低下ばかりが問題にされるが、やはり最初に萎縮するのが前頭葉なので、意欲が衰えてしまい、感動もしなくなることが多い。
そうすることで、どんどん脳を使わなくなり、余計に認知機能が衰えていくのだ。
だから無理矢理にでもデイサービスを利用するのは賢明なことだ。
つまり、強制的にでも頭を使わせるとやはり進行は遅くなるのだ。
そしてその効果は旧来型の認知症薬のドネペジルよりはるかに高かったし、おそらくレカネマブよりもずっと高いことだろう。
人の手をかけ、人とコミュニケーションをするほうがはるかに老化のスピードを遅らせることができるということだ。
認知症は「病気」ではなく「老化現象」である
私は浴風会という高齢者専門の総合病院に長年勤務していたが、そこでは年間100例くらいの解剖が行われていた。
そして、この所見の検討会が月に一度行われていたが、病理の先生に言わせると85歳を過ぎて、アルツハイマー型の変性が脳に起こらない人はいないとのことだった。
やはり認知症というのは老化現象なのだと私は痛感したものだ。
アミロイドを減らしたところで、多少は進行が緩やかになるかもしれないが、本質的な解決にならない気がした。
むしろ男性ホルモンを補充して、意欲を高めた方が、進行が遅れるのではないかと思うくらいだ。
このように、老化を防ぐ薬はあれこれと出ているが、確かに少しは老化を遅らせられるが、止めることはできないし、一過性に若返ったような気がすることはあっても、やはり何年か経つと老化してしまう。
老化を防ぐというのは、そんなに簡単なものではないのだ。
そして、いちばん現実的な老化防止は、人の手を借りてでも、脳や身体を使い続けることだというのが、私の長年の老年医療の経験から得た結論だ。
薬への過剰な依存が生む社会的な弊害
その番組のコメンテーターの人は(もちろん、医者ではない)、薬を使って動脈硬化や認知症を遅らせれば、介護費用が安くなるので、薬を使う分のもとが取れるようなことを主張していた。
ただ、今の日本の現実を見ていると、薬に金を使いすぎるから、たとえばデイサービスや訪問介護のスタッフの人件費が削られてしまう。
そうしたほうがはるかに要介護になりやすくなるし、要介護になってからの進行が速くなるのだが、それがわかっていないらしい。
そして薬を使いすぎることで、身体がヨボヨボになる人が多いし、交通事故を起こす可能性も高まる。
こういう薬屋の犬のような人間でないとテレビのコメンテーターとして生き残れないのが情けない。
そういえば、薬に金を使いすぎて訪問介護の費用も減らされてしまった。
それでそうでなくても足りない訪問介護のスタッフが余計に足りなくなっているようだ。
寝たきりの在宅介護を受けている高齢者などは1日3回介護に来てもらって食事を摂り、おむつをかえてもらっているのに、それが1回になることさえあるらしい。
薬に金を使いすぎることでの被害は予想外に多いようだ。
実は、高齢者に原則的に薬を使わないスウェーデンに男性の平均寿命が2023年に抜かれてしまった。
人が考えるほど薬は長生きに寄与しないようだ。
老化としての認知症と向き合う
さて、私は前述のように、アルツハイマー病やその他の認知症の多くが病気でなく老化だと考えている。
歳をとると誰もが髪が薄くなったり、白くなったりする。顔にも皺ができる。
80歳になって、20歳や30歳に間違えられることはない。
筋力だってみんな落ちる。50歳まで現役でいるスポーツ選手はいても、80歳だとそうはいかない。
そして、これには個人差がある。
40代から髪が薄くなる人もいれば、80歳でも黒々、ふさふさの人もいる。
80歳で見た目が50代に見える吉永小百合さんのような人もいれば、60代ですっかりおじいさん、おばあさんに見える人もいる。
歩行などの身体機能も衰えにかなりの個人差がある。
ただ、これはよほどのことがない限り、病気と見なされず老化とみなされる。
認知症だって同じ事だと私は考える。
よほど画期的な遺伝子治療薬やiPS細胞が普通に使えるようにならない限り、老化を止めたり戻すことはできない。
中途半端な薬で認知症の進行を遅らせたり(治す薬はまだできていない)、発症を遅らせるより、当たり前の老化予防のほうがはるかに有効だ。
それが前述のように脳を使い続け、今できることは明日もできるようにすることだ。
現在の法律では、軽い重いを考慮にいれず、認知症と診断されたら免許が失効する。しかし、認知症になってわざと人をはねるようなことはしない。
軽いうちは十分運転できるのだが、免許を取り上げると認知症は一気に進む。
料理なども続けていると認知症の人でも意外に能力は落ちない。
認知症を病気扱いして、ものすごくお金(公費の支出も含む)のかかる外国ではほとんど使われない薬に頼るより、老化と考えて、意欲を保って脳を使い、できることを続ける方がよほど進行を遅くすることはもっと知られていいだろう。
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