高齢者をヨボヨボにする政策に声をあげよう【介護のゴカイ 35】

幸齢党の挑戦:「薬を減らして、手取りを増やす」
実は私は幸齢党という政党(政党要件を満たしていないので、政治団体ということになるのだが)を立ち上げ、今回の参議院選挙では東京選挙区でよしざわ恵理さんという無所属の薬剤師さんを推薦した。
今回の選挙では、「薬を減らして手取りを増やす」ということをスローガンにして戦った。
手取りを増やすとか、社会保険料を減らすとかいう政党はいくつもあるが、財源の裏付けがないし、また年金などにも影響が出てしまう。後の世代につけが回ることもあるだろう。
日本の高齢者に出される薬は多過ぎるというのが私の臨床経験からの結論だ。
これを減らすことで国民医療費が減り、それによって健康保険料が下がるし、税金からの負担も減るので、結果的に手取りが増えるということになる。
その総額は5兆円から10兆円と私は推定している。
それを医療の質を落とさないで、むしろ質を上げる形で削減しようと主張したのだ。
医療費削減の具体策:総合診療の推進と根拠に基づく医療
具体的には、総合診療医を増やすことと研究に基づいた治療や投薬を行うことだ。
現在の日本の医療は臓器別診療が主流で、どこの病院に行っても、呼吸器内科、循環器内科、腎臓内科などの臓器別の診療科が標榜されている。
すると、どこかの臓器に悪いところが見つかると、それに対して治療が行われることになる。
人口構成が若い頃はそれで大きな問題は生じなかったが、人口が高齢化していくと、いくつもの臓器が老化によって異常が生じる。
するとその各々に薬を出すことになるので、どうしても薬の種類が増えることになる。
3つの臓器が悪いと、9つから10個の薬が出されるのが通常だ。
それに対して総合診療医は臓器を診るのでなく、人間全体を診るというのが原則的なスタンスなので、人間として診るのであれば、10個も薬を飲んでいたら身体に悪いと考えるだろう。そして比較的安全とされる3~4種類の薬を選んであげるということになる。
臓器別診療から総合診療になるとこのように薬は確実に減る。
そして人間全体としては副作用も減る。
ということでwin winにできるわけだ。
実際、総合診療の盛んな長野県は平均寿命は日本でトップレベルだが、一人あたりの老人医療費は全国最低レベルだ。つまり、総合診療医はコストパフォーマンスがいいやり方なのだ。
私の試算(長野県から類推すると)では、総合診療化を進めると2~3割の医療費を削減できる。つまり、10兆円から15兆円が削減可能なのだ。
もう一つ訴えたのは、きちんとした調査研究に基づいた治療や投薬だ。
実は、血圧や血糖値、コレステロール値の日本の基準は大規模調査の結果に基づいたものではない。
いっぽう、イギリスでは膨大な治験結果と論文の分析を行い、血圧160/100以上にならないと薬を出さないというガイドラインをだした。
日本でこれほどドラスティックな保険適応の改革はできないだろうが、投薬の基準を現在の140から160に変えるだけで、年間約6000億円浮くのだ。
東海大学名誉教授で、医療統計学者の大櫛要一先生の試算では、そのほか、糖尿病やコレステロールを下げる薬など、生活習慣病の無駄な薬代が年間5兆円に達するとのことだ。
そういうことで年間10兆円くらいの医療費が浮くという風に考え、それが手取りを増やすことにつながると考えて選挙のときは訴えた。
選挙の敗北と幸齢党の真の目的
結果的には惨敗といっていい負け方だった。
我々の訴えが届かなかったのか、それとも現役世代には魅力ある政策と思えなかったのかはわからない。
ただ、本来、幸齢党というのは、名の通り、高齢者を幸せにするための政党だ。
薬を減らすのも、総合診療医を増やしていこうというのも高齢者に幸せになってもらうことのほうが目的で、現役世代の手取りを増やすというのは第二義的なものだ。もちろん現役世代の手取りが増えることで、世代間の対立が緩和されると高齢者の幸せにつながるだろうが。
ということで、今回の選挙では、あまり前面に出さなかったが、今の日本の政策は高齢者をヨボヨボにしたり、不幸にしたりするので、それを変えさせようというのが本来の幸齢党の目指すところだ。
高齢者を不幸にする政策(1):免許更新時の認知機能テスト
いちばん訴えたいのは、免許更新の際の認知機能テストの廃止だ。
認知機能と事故の起こしやすさには何の統計的な相関もないのに、勝手に高齢者は危ないと決めつけ、試験を受けることを強要するのは明らかな年齢差別だ。
これに余計な費用がかかるし、すぐに受けられないので心理的なプレッシャーもかかる。
なぜ高齢者だけこのようなテストを受けないといけないのかにきちんとした根拠も明示されない。
実は、高齢者の事故については、年齢より薬のほうが問題という大規模調査の報告もある。
アメリカで10年間にわたり12万人以上の重大事故の追跡調査を行った結果が2024年の10月にJAMA(アメリカ医学会雑誌)というアメリカの医者なら誰でも読んでいる医学雑誌で発表された。
なんと8割の人が運転障害薬に分類される、頭がボーッとする薬を飲んでいたことがわかった。
逆に薬を飲んでいないで事故を起こした高齢者は2割しかいないので、計算上は薬を飲んでいない人同士を比べると高齢者のほうが現役世代より事故が少ないことがわかる。
私も高齢者が動体視力など低下などのために運転技能が衰えることは認めている。
だから飛び出してくる子どもにブレーキを踏むのが遅れるような事故は納得できる。
しかし、池袋の事故や福島の事故のように普段安全運転をしている人が、その日に限って暴走するというのは、高齢のためとは思えない。
やはりなんらかの意識障害が生じていて、頭がもうろうとしているから、そのような事故が起こるのだろうと考える。その意識障害の最大の原因は薬物(運転障害薬や日本では運転禁止薬とされているもの)の影響、あるいは多剤併用の影響と考えられるだろう。
実際、高齢者に日本のように多剤併用で薬を使わない欧米諸国では、ほとんど暴走事故が問題になっていない。
そういうような原因の精査もろくにせずに、高齢を勝手に原因と決めつけ、認知機能テストを強要したり、免許返納を求めたりするのは高齢者を不幸にするだけだ。
筑波大学の調査では免許を返納すると6年後の要介護率は2.16倍になってしまう。
それ以上に、地方の高齢者にとっては移動の自由が奪われる。
そうは思いたくないが、テレビ局がスポンサーである製薬会社をかばうためにこの手の情報を隠蔽して、本当は薬の影響の大きい事故を、高齢や認知機能低下のせいだとするのなら犯罪的とさえ言える。
製薬会社のテレビCMを禁止するくらいの政策的な介入をしないと高齢者は不幸になるばかりだ。
高齢者を不幸にする政策(2):諸外国との比較
諸外国、とくに欧米では、高齢者をいかにヨボヨボにしないかを重視した政策が採られるが日本では、それがまったく無視されている。
長期の自粛政策は高齢者の身体機能や認知機能に悪影響を与えると考えたスウェーデンは集団免疫政策で、なるべく高齢者に外出を促す政策を採った。いっぽう、それより高齢者が多いのに、日本では世界一長い自粛政策を採った。
実は、このスウェーデンやデンマークでは60年代の後半にポルノ解禁政策を断行した。
当時、これらの国々は世界で最も高齢化率が高く13%くらいだった(当時の日本は6.5%くらいである)。男性ホルモンを増やすことで、高齢者の意欲を増し、筋肉量を増やすというもくろみがあったという説がある。日本は世界で一番高齢化率が高いのに、世界の先進国で唯一ポルノが解禁されていない。
高齢者が働きやすくなるように(そのほうが老化が遅れ、医療費も減る)年齢差別禁止法も日本の高齢者を元気にするために求めたい政策だ。
アメリカでは1967年に雇用における年齢差別禁止法が制定されている。
EUでは、2000年に雇用および職業における均等待遇の一般的枠組みを設定するEU指令が2000年に採択され、年齢については2006年12月までに実施しないといけないということになった。
日本はこの分野でも世界の先進国の例外となっている。
高齢者を元気にする政策への支持を
このように、高齢者を元気にする政策を打ち出したのだが、それをあまり強調しなかったのが失敗だったのは痛感している。
いずれにせよ、これだけ政党があり、これだけ候補者がいるのに、高齢者対策を現実的な政策として打ち出したのは我々だけというのが私の印象だ。
我々の党に限らず、高齢者を大切にする政党を支持したり、高齢者差別を許さないという姿勢を選挙の時くらいは示さないと、この国の高齢者は元気になれないと思えてならない。

著者
和田 秀樹(わだ ひでき)
国際医療福祉大学特任教授、川崎幸病院顧問、一橋大学・東京医科歯科大学非常勤講師、和田秀樹こころと体のクリニック院長。
1960年大阪市生まれ。1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科、老人科、神経内科にて研修、国立水戸病院神経内科および救命救急センターレジデント、東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、高齢者専門の総合病院である浴風会病院の精神科医師を歴任。
著書に「80歳の壁(幻冬舎新書)」、「70歳が老化の分かれ道(詩想社新書)」、「うまく老いる 楽しげに90歳の壁を乗り越えるコツ(講談社+α新書)(樋口恵子共著)」、「65歳からおとずれる 老人性うつの壁(毎日が発見)」など多数。
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