免疫学の大切さ【介護のゴカイ 36】

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免疫学の大切さ【介護のゴカイ 36】

軽視されがちな免疫学の重要性

高齢になるほど大切なのに、日本では軽視されがちなものに免疫学がある 。

栄養状態が悪いと免疫力は如実に落ちる

戦前は、結核で死ぬ人が多く、それが若い人の命を奪ったのだが、それは栄養状態が十分でなかったため、免疫力が弱かったからだと考えるのが妥当だと私は考えている 。ストレプトマイシンという抗生物質のおかげと考えられているが、この抗生物質が市中に出回ったのは1950年以降だが、その前から結核死は減っている 。実は戦後すぐから結核になる人が減っているのだが、ストレプトマイシンは結核の治療薬であって予防薬でない 。やはり免疫力が上がったから結核になる人も結核で死ぬ人も減っているのだ 。

ところが、日本では免疫学が軽視されているように思えてならない 。

免疫力を低下させたコロナ対策への疑問

それを痛感したのがコロナ禍の時だ 。

ウィルスによる病気なのだから、そのウィルスを殺す薬が開発されるまでは、それに戦うのは免疫力である 。細菌による病気は、ある程度抗生物質で対応できるが、ウィルスによる病気は自分の免疫で対応しないといけない

ところが新型コロナ対策を基本的に仕切ったのは、新型インフルエンザ等対策有識者会議・ 新型コロナウイルス感染症対策分科会(尾身茂分科会長)という専門家の会議だったが、その構成員には何人かの感染症学者は入っていたが、臨時構成員を含め、免疫学者は一人も入っていない 。

コロナ禍以前なら、冬場になるとインフルエンザ感染に備えて、あるいは普通の風邪対策として、たとえばビタミンCを摂ろうとか、十分な栄養を摂ろうとか、適度の運動などが勧められる 。これらはみんな免疫力を上げるためのものだ 。

ところが、新型コロナなるウィルス感染症が流行ると、とにかくうつらないことだけが対策だとされて、人との接触を避けろ、会食はやめろ、マスクや消毒を徹底しろ、外出をやめて人流を抑制しろという話ばかりをこの分科会とか、専門家会議が打ち出したし、マスコミの論調もそれ一色になった 。

私が尊敬する免疫学者に奥村康先生がいる 。後述するNK細胞の名づけの親で、国際レベルの免疫学者だ 。御年84歳でもお元気で、いまだに研究を続けておられる 。

その奥村先生と対談で本を作ったのだが(『「80歳の壁」は結局、免疫力が解決してくれる』宝島社新書)、その際に、これまでのコロナ対策では、免疫力を下げるし、かえって重症化や死者数の増加を招くと言っておられたのが印象的だった 。

実際、人と会わないで閉じこもっていると、食が細くなるので、栄養状態も悪くなるし、運動不足でも免疫力は下がる 。またストレスが溜まってきて、それが解消されなくても、やはり免疫力は相当落ちてしまう 。

ワクチンの効果を左右する本人の免疫力

実は、ワクチンにしても、本人の免疫力がないとあまり有効でなくなってしまう

ワクチンというのは、それそのものがウィルスと闘ってくれるわけではない 。

人間というのは、ある病原体の感染症にかかると、B細胞という免疫細胞が、このウィルスを攻撃するタンパク質である抗体を作ってくれるようになる 。またB細胞が抗体を作るのをヘルパーT細胞が助け、キラーT細胞というのが病原体が入り込んだ細胞を殺してくれることになっている 。

これをB細胞やT細胞が記憶して、同じ病原体に感染した時には、それがやつけてくれるから、今度は大した病気にならないで済む 。

これが自然免疫のシステムなのだが、ワクチンというのは、その病気にかからなくても、B細胞やT細胞に記憶させることで、その病原体がきたときにやつけてくれるようにするものだ 。

ところが、B細胞やT細胞が元気がないと十分な抗体を作ってくれなかったり、病原体の入った細胞を殺してくれない 。

多くの高齢者がワクチンを打ったのに、亡くなったのは、このようにその人の免疫力が弱かったからだと考えられる 。

同じようにコロナウィルスに感染しても、全然平気な人もいれば、重症化したり、亡くなったりした人がいたのは、本人の免疫力の差だと言える 。風邪にしても、インフルエンザにしても同じことだ 。

だから、毎年、冬場になると免疫力を鍛えるような生活が推奨されるのだ 。

ところがコロナ対策の専門家と称する学者たちは、そんな提言をほとんどせずに、奥村先生がおっしゃるように、かえって免疫力を落とすような対策ばかりを打ち出した 。

感染症の専門家なのに、ここまで免疫学に無知なのか、それとも人々の免疫力を落としておいた方が、コロナで死ぬ人や重症化する人が増えて、自分たちが注目されるからなのかは知らないが、私はひどい話と思っている 。

高齢者の命を脅かす感染症とがん

実は、高齢者が増えるにしたがって感染症で亡くなる人は増えている 。

2011年に肺炎は脳血管障害と入れ替わって死因順位の3位に浮上した 。その後、肺炎と誤嚥性肺炎が別のカテゴリーにわけられたのだが、2024年の死因順位でみると、肺炎が5位、誤嚥性肺炎が6位となっている 。

風邪をこじらせて肺炎で死ぬ人はそれだけ多いし、免疫力が弱い人は、それだけ肺炎で死ぬ確率が高いし、高齢になるほど免疫力が落ちるので肺炎で亡くなる人が増える 。肺炎で亡くなる人のうち高齢者が95%以上を占めるのだ 。

ということで高齢者が増えるほど、免疫力が大切になっているのだが、もう一つ重要なポイントは、この免疫力ががんの発症に大きくかかわっているということだ 。

人間というのは、細胞分裂のミスコピーなどが原因で、一日に万単位で出来損ないの細胞を作っている 。この一部が放っておくとがん細胞になってしまって、増殖していく 。

それを殺してくれるのが、前述の奥村先生が世界に先駆けて独立した免疫細胞と位置付けたNK細胞である 。NKはnatural killer(自然な殺し屋)の略で、このような出来損ないの細胞以外にも、いろいろな異物を殺してくれる免疫細胞だ 。

NK細胞が元気がないと、出来損ないの細胞を殺し切れずにがんになってしまう 。

ところが、NK細胞の活性は歳をとるほど落ちる 。また身体中で作られる出来損ないの細胞は歳をとるほど増えてしまう 。

出来損ないの細胞を作るのを止めることができないので、高齢になるほどNK細胞の活性を高めておくことががん予防になり得ると考えられる 。

免疫力を高める生活とは:精神状態と栄養の重要性

NK細胞の活性は、笑いや快体験で高まることが明らかになっており、逆にストレスやうつ病で落ちることも明らかになっている

免疫力というのは、精神状態の影響を強く受けることが明らかになっているし、逆に免疫力が落ちると、前述のように心の具合が悪くなる 。たとえば風邪をひいて免疫力が落ちている時には、やはり気分が抑うつ的になる 。このような精神状態と免疫力の相互関係を研究するのが精神神経免疫学といい、世界の精神医学のトレンドの一つになっているのだが、日本の精神科の教授たちはあまり興味がなさそうだ 。

前述のように日本は免疫学を軽視しているので、がんが死因のトップであるのに、免疫に悪影響を与える健康法が横行している 。

欧米では心疾患が死因のトップである国が多く、とくに虚血性心疾患が多いので、やせろとか、コレステロールを摂るなというのは、一定の意義があると思うが、がんで死ぬ人が心筋梗塞で死ぬ人の12倍もいる日本では、逆効果としか思えない 。

栄養状態が悪いと免疫力が下がるし、食べたいものや酒をがまんしてストレスがたまるとやはり免疫力が落ちてしまう 。

実際、前回も問題にしたが、ハワイの研究ではコレステロール値が高い人ほど心筋梗塞にはなりやすいが、がんになりにくいことがわかっている 。

私が日本人の健康法として、アメリカ直輸入の健康法でなく、もっと栄養を摂ることを勧め、なるべくがまんしない、ストレスをためないことを勧めているのはそのためだ 。

提言:臨床現場にこそ免疫学の知見を

高齢者が増えているのだから、感染症対策としても、がん対策としても、もっと免疫学が見直されるべきだ

次のコロナのような感染症が来た際に、その対策会議に免疫学者をぜひ入れてほしいし、免疫に悪い健康法を押し付ける医者は淘汰されていいのではないか?

高齢者が増えた際の医療にそのくらい免疫学は大切なのだ 。

実は、日本の免疫学は、前述の奥村先生がいるように、世界のトップレベルとされている 。

T細胞の研究では、サプレッサーT細胞の存在を提唱した多田富雄先生がいるし、それが否定された後、制御性T細胞を発見した坂口志文先生もいる 。

実は、臨床医学の世界では、日本の医者の研究はほとんど注目されていないが、基礎医学の世界では、山中伸弥先生がiPS細胞を発見するなど、日本の研究は世界レベルのものがいくつもある 。

日本の医学は、臨床軽視、研究重視といわれているが、臨床医学のほうは研究レベルも低く、国際的な臨床医学の雑誌にはほとんど論文が採用されていない 。

これだけ高齢者が多いし、これだけ高齢者が医者にかかる国はないのだから、ちゃんとした高齢者医療の研究をすれば世界レベルの論文はいくつも出せると思うのだが、まずは大学の医者にも、一般の医師にも免疫学や栄養学くらいはちゃんと勉強してほしいというのが、私の偽らざる願いだ 。

著者

和田 秀樹(わだ ひでき)

国際医療福祉大学特任教授、川崎幸病院顧問、一橋大学・東京医科歯科大学非常勤講師、和田秀樹こころと体のクリニック院長。

1960年大阪市生まれ。1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科、老人科、神経内科にて研修、国立水戸病院神経内科および救命救急センターレジデント、東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、高齢者専門の総合病院である浴風会病院の精神科医師を歴任。

著書に「80歳の壁(幻冬舎新書)」、「70歳が老化の分かれ道(詩想社新書)」、「うまく老いる 楽しげに90歳の壁を乗り越えるコツ(講談社+α新書)(樋口恵子共著)」、「65歳からおとずれる 老人性うつの壁(毎日が発見)」など多数。

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