水分と塩分の大切さ【カイゴのゴカイ 22】

 

介護のゴカイ

水分と塩分の大切さ【カイゴのゴカイ 22】

熱中症と水分・塩分

今年も暑い夏になりそうだ。
そうなるとなんといっても怖いのは熱中症だ。
一般的に熱中症とは、「(気温が高い時に)体温を平熱に保つために汗をかき、体内の水分や塩分(ナトリウムなど)の減少や血液の流れが滞るなどして、体温が上昇して重要な臓器が高温にさらされたりすることにより発症する障害の総称」とされている。
体温が上がり、脳への血流が不十分になって立ち眩みを起こしたり、筋肉痛を起こしたりするのだが、重症の場合は、意識がもうろうとしたり、けいれんが起こったりして、最悪死に至る怖い状態だ。
ここで大切なのは、汗をかくことで体内の水分や塩分が減ることだ。
そこで水分補給だけでなく、塩分の補給も重要だということになる。

高齢者の熱中症と水分の大切さ

水より、ポカリスエットやアクエリアスのように電解質の入った液体を補給しろというのは、そういう理由からだ。
私は、熱中症のシーズンでなくても、高齢者の患者さんには、水分と塩分を十分摂るように指導している。
実は、歳をとるほど身体の中の水分割合は減る
若い頃は体重の60%くらいが水分なのだが、歳をとると50%くらいに減ってしまう。
だから、高齢者はちょっとした水分摂取の不足で簡単に脱水を起こしてしまう。
このような脱水は熱中症のような症状のもとになるのだが、もう一つ怖いのは水分が足りないと血が濃くなってしまうことだ。そうでなくても、歳を取ると動脈硬化が進み、血管が詰まりやすくなっているのに、血が濃くなると余計に血管がつまりやすくなる。心臓を取り巻く動脈や、脳を通る動脈が詰まった状態が心筋梗塞や脳梗塞と呼ばれるものだ。これが起こると心臓の動きが大幅に悪くなったり、半身のマヒが起こったりする。最悪の場合(そんなに少ない割合でない)、死に至る怖い病気だ。
これの予防のために、一度でも、脳梗塞などを起こした人に血をサラサラにする薬を飲んでもらうのだが、その場合は、転んだりした際に出血しやすくなるというデメリットがある。
そういう意味で、高齢者にはなるべく水分を十分摂るように勧めている

高齢者の熱中症と塩分の大切さ

もう一つ大切なのが塩分だ。
1951年から1980年まで日本人の死因のトップは脳卒中だった。
その原因が高血圧だとされ、当時、あまりよい血圧を下げる薬がなかったこともあり、国をあげて減塩運動が行われたことがある。
その名残で、高齢の方は塩分に神経質で、塩分は控えるべきものと思っている人が多い。
減塩しょうゆなどはよく売れているし、歳をとったら味が薄いものにすべきという考えもまん延している。
そのせいで塩分不足の害があまり伝わっていない印象だ。
さて、塩分の重要な成分であるナトリウムは体内になくてはならない物質だ。
ナトリウムはカリウムとともに体内の水分バランスや体内の浸透圧を維持しているほか、筋肉の収縮、神経の情報伝達、栄養素の吸収・輸送などにも関与している。これが足りなくなると低ナトリウム血症というものが起こり、けいれんを起こしたり、意識がもうろうとしたりして、最悪命を奪ってしまう。
これが普段、家にいるときに起これば、救急車を呼ぶということになるのだろうが、運転中に意識がもうろうとすれば、暴走などで重大事故につながりかねない。ふだん、安全運転の人が暴走事故を起こす一因であると私は睨んでいる。

日本の塩分の摂取基準は正しいのか

さて、厚生労働省が「日本人の食事摂取基準」というものを出しているのだが、それによると生活習慣病の一次予防を目的として日本人が当面の目標とすべき食塩の摂取量は、日本の食文化、現状の摂取量を考慮して、18歳以上女性では1日6.5g未満、男性では7.5g未満とされている。
ところが世界でもっとも権威ある臨床医学の雑誌であるNew England Journal of Medicineに2014年に掲載された論文によると、17か国、101945人を対象にした調査では、一日の尿から排泄されるナトリウム量が、4~6グラムの人が心血管障害でも、あらゆる理由の死亡でも、死亡率がもっとも低かった。
排泄されるナトリウムと摂取されるナトリウムはほぼ同じ量と考えられるのだから、ナトリウムを4~6グラム摂っている人がもっとも死亡率が低いことになる。
ナトリウムを4グラム摂るためには、食塩を10グラム摂らないといけない。
つまり、一日10~15グラム食塩を摂っている人がいちばん生活習慣病で亡くなることも少ないし、いろいろな病気で亡くなることによるトータルの死亡率も少ないということだ。
さらにいうと、この論文に出てくるグラフを見る限り、10グラムより塩分が少ない人の死亡率は急カーブで上がっていくのに、15グラムを超えた人の死亡率はゆるやかにしか上がっていかない。
つまり、塩分が余っているより、足りないほうが命に悪影響を与えるのだ。
厚生労働省の「日本人の食事摂取基準」を作る会議に出ていた学者たちは、世界でもトップの雑誌を読んでいないのか、2015年版はともかくとして、2020年版でも日本人が目標とすべき食塩量を逆に減らしている。
こんな不勉強な学者たちが、日本人の基準を作るとすればぞっとするが、少なくともこのコラムの読者だけは、食塩を十分に摂るようにしてほしい。

「敵に塩を送る」の本当の意味

昔から塩というのは、人間が生きていくのに欠かせないものだと考えられていた。
武田信玄が東海地方に進出を図ったとき、危機を感じた駿河国(静岡県)の今川氏真は縁戚関係にあった相模国(神奈川県)の北条氏康の協力を仰ぎ、武田領内への塩留(塩止め)すなわち食塩の禁輸政策をとったことがある。
塩がこなくなるということはそれによって、人々の命にかかわることだったのだ。
そしてこれを見た越後国(新潟県)の上杉謙信が、敵対していた武田の領民の苦難を救うべく日本海側の食塩を送ったという故事があり、ここから「敵に塩を送る」ということわざが生まれたとされる。
実は、この故事は後世の創作ということが現在では通説になっているが、この故事が世間で広まるくらい、塩が足りなくなることは危険だということが人々の間で共有されていたのだろう。
ところが、結核で死ぬ人が減り、脳卒中で死ぬことが目立ちだすことで、塩分が目の敵にされるようになったのだ。
ところで昭和30年代、40年代に脳卒中が死因のトップだった頃は、脳卒中というと脳内出血と呼ばれるものだった。
現在は脳卒中の75%が脳の血管が詰まる脳梗塞となっていて、脳出血は激減している。
昔は、血圧が150とか、160くらいで脳出血を起こしていたらしいので、そのくらい脳の血管が破れやすかったのだろう。
これは日本人がタンパク質やコレステロールを摂るようになったからと考えられる。
ということで塩分制限は昔と比べて意味がなくなっているのに、厚生労働省は逆に塩分の基準値を下げている。

高齢者の塩分制限とは

もう一つ気をつけたいのは、歳をとるほど腎臓のナトリウム貯留機能が落ちることだ。
腎臓は、血液中の電解質を一定に保つことができるように、余っているものを尿中に排泄し、足りないものは尿に出さないようにキープする。人間にとって大切なミネラルであるナトリウムは、塩分不足のときは、このメカニズムでキープされる。これをナトリウム貯留能と呼ぶのだが、これが歳をとるほど落ちてくるのだ。
つまり、歳をとると塩分が足りなくても、ナトリウムが尿に出ていってしまう。つまり、若い頃より簡単に低ナトリウム血症に陥るのだ。
だから、歳をとってからの塩分制限は私はとても危険だと考える。
いちばん死亡率が低い10~15グラムの塩分は若い人でも確保しなければならないのだから、高齢者は最低でも15グラムは摂るべきと考えてよい。

高齢者の塩分制限と熱中症

私が子どもの頃は、ほとんど熱射病とか熱中症がニュースになることはなかった。
それが知られていなかったからかもしれない。
実際は、意外に暑さで亡くなったいた人は多いという話はある。というのは、エアコンが普及していなかった時代のお墓をみると、冬に亡くなっている人より夏に亡くなっている人のほうが多いのだ。
エアコンが普及するとそれがかなり減っているようなので、エアコンはケチらずにつけたほうがいい。
もちろん、地球温暖化で夏の暑さが昔より厳しくなっているという考え方もある。
しかし、もう一つ考えないといけないのは、過度な塩分制限(私は厚生労働省のいう7グラム程度というのは、十分過度だと思っている)も熱射病や熱中症を招いている可能性は否定できないのではないだろうか?
とにかく、とくに夏場は、塩分は控えるより、きちんと摂取したほうがいいという統計数字を医者がいうことより私は勧めたい。

著者

和田 秀樹(わだ ひでき)

国際医療福祉大学特任教授、川崎幸病院顧問、一橋大学・東京医科歯科大学非常勤講師、和田秀樹こころと体のクリニック院長。

1960年大阪市生まれ。1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科、老人科、神経内科にて研修、国立水戸病院神経内科および救命救急センターレジデント、東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、高齢者専門の総合病院である浴風会病院の精神科医師を歴任。

著書に「80歳の壁(幻冬舎新書)」、「70歳が老化の分かれ道(詩想社新書)」、「うまく老いる 楽しげに90歳の壁を乗り越えるコツ(講談社+α新書)(樋口恵子共著)」、「65歳からおとずれる 老人性うつの壁(毎日が発見)」など多数。

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