本物の総合診療・訪問診療とは【カイゴのゴカイ 23】

 

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本物の総合診療・訪問診療とは【カイゴのゴカイ 23】

高齢者と総合診療

ちょっと古い話になるが、6月18日付の日経新聞に、「厚生労働省は特定の疾患や臓器に限らず患者を診る「総合診療医」の普及を促進する。医療機関の広告規制を緩め、看板などに総合診療科と記載できるよう検討する」という記事が出ていた。
私自身は、超高齢社会には、現在の臓器別診療、専門分化型医療は、少なくとも高齢者には適さないと考えているので、総合診療がもっと普及してほしいとは思っている。

高齢者と処方薬の数

というのは、高齢者はいくつもの疾患を(例えば、高血圧と糖尿病と骨粗しょう症など)抱えていることが多いので、臓器別だとどうしても薬が増えすぎてしまうからだ。
3つの診療科から3種類ずつの薬を処方されると9種類の薬を処方されることになるのだから。
あるいは、ある臓器別診療の医師として大病院や大学病院に勤務していた医師が、内科医として開業するような場合は、専門外の疾患には、いろいろな病気の標準的な治療が書かれたマニュアルのような本に頼ることになりがちとなる。各疾患で書かれた通りに薬を出すとやはり多剤併用が簡単に生じてしまう

薬の処方と総合診療医の役割

東大の老年病科の入院データベースによると、薬物の有害事象は6剤以上の併用で急激に増えることが明らかにされている。また東大老年病科の小島医師らによる調査では5剤以上の併用で、4剤までの併用と比べて、約2倍、40%の人が転倒を生じているとのことだ。
このような危険な多剤併用が二つ以上の病気を抱える臓器別診療では簡単に生じてしまう。
こういう際に、いくつかの疾患をかかえ、かなりの種類の薬を処方されている患者さんに総合診療医が、その人を全体として診て、薬の優先順位をつけ、5種類以上だと転倒の害のほうが大きいと判断したら、4種類までを選んであげるのが、総合診療医の役割ということになる。

総合診療医の意味

総合診療医の定義がかなりあいまいだ。
関西医大の定義では、「総合診療医とは、患者さんの抱える問題の大部分に対処でき、かつ継続的なパートナーシップを築き、家族及び地域という枠組みの中で責任を持って診療する臨床医です。」とある。いわゆるかかりつけ医をイメージしたものだろう。
福島県立医大の定義では、「地域や勤務する医療機関のニーズに応じて仕事の内容を柔軟に変えながら活躍できる、多様性のある医師」とされている。そして「例えば、ある環境では、高齢者の複合疾患や診断困難事例の臨床推論、救急医療で力を発揮。また別の環境では、臓器にこだわらずにその人全体、そして家族・生活背景・地域文化も診て、地域の人々の健康な生活を支援します。」と続けている。

その人の生活全体を診る総合診療

私の考える総合診療医というのは、臓器別とか、検査データ以上に、その人全体を診ることができる、さらに家族や生活背景なども診る医師だ。そういう意味では、この福島県立医大の定義がしっくりくる。
最近対談して私が感銘を受けた徳田安春先生は、総合診療医が訪問診療を行う際には、患者さんに断ったうえで、冷蔵庫の中身までみるという。
相手がどんなものを食べ、どんな生活をしているのかを知らずに、検査数値だけで薬を決め、いろいろな生活に制限を加える現代の医療とは月とすっぽんくらいの違いがある。
あるいは、患者さんの身体の問題だけでなく、心の問題にも対応できるのが総合診療医と言えるだろう。
ところが日本では、このような総合診療医のまともな養成機関がない。たとえば、薬の優先順位を決めるとか、心の問題に対応できるトレーニングを受ける機関がないのだ。
その状態で、厚労省がいくら総合診療医の標榜を認めると、昔よくあった子どもを見たことのない内科医が、平気で内科・小児科と名乗って開業するのと同じような状態で、呼吸器専門や循環器専門の医者が総合診療医と名乗って開業しかねない。
こういう「なんちゃって総合診療医」にかからないようにしないと、せっかく総合診療にかかったつもりなのに、薬もいっぱい出されるし、心の問題にも対応してもらえないということになりかねないのだ。

本当の訪問診療・在宅診療

もう一つ、「なんちゃって」が多いのが訪問診療医、在宅診療医だ。
実は先日、訪問診療の名医、山中光茂先生と対談する機会を得た。
彼は、文藝春秋誌などで、「なんちゃって在宅診療」の問題点を追及している。
実際、在宅診療とか訪問診療というと、身体が不自由になった患者さんのために家に来てくれるだけで、在宅診療をやってくれるいい医者だと思う人も多いだろう。
確かに家に来てくれるのがありがたい人もいるだろうが、それが目的になってしまうと、それをビジネスとして考える人の餌食になってしまうというのが山中先生の主張だ。
実際、訪問診療を頼むと、沖縄のコールセンターで電話を受け、そこからその会社に登録した、たまたまその時間、空いているバイトのような医者が派遣されることは珍しくないとのことだ。
この場合、次に往診とか訪問診療に来てくれる医者は別の医師になることが当たり前のように起こる。
山中先生に言わせると、在宅診療というのは、その人の生活や人生にまでかかわるから在宅診療なのだとのことだ。

人生の最期にも関わる訪問・在宅診療

在宅診療、訪問診療を増やしていくというのは、国の方針でもあって、自宅で最期を迎えたい人が希望を叶えられるように、また、超高齢社会で増大する医療費の削減も視野に入れ、2038年までに在宅死率40%を目指し、「地域包括支援システム」の構築を進めているのだが、その一環が在宅診療医なのだ。
逆に言うと、死を看取ることも視野に入れたものでないと在宅診療医と名乗るべきでないのだろう。
医者のほうは、その患者さんの人生にかかわる覚悟がないといけないし、その患者さんを熟知した人でないと、看取られる側も安心して死ねないだろう。
ということで、山中先生は、当初は一人で、24時間、呼ばれたらいつでも行くという体制で、患者さんと関わり続けたそうだ。
今は、さすがに体力がもたないということもあって、何人かで分業するようにしているそうだが、少なくとも、その医者はバイトでなく、常勤であることが条件だし、たとえば、一人の患者さんを3人で受け持つことになったら、いつも3人の中の誰かが来ることになるので、患者さんも家族も、知っている先生が診てくれることになる。
そういう形で亡くなるまで、在宅診療を続けるのが本当の在宅診療というわけだ。

在宅診療と心のケアの重要性

基本的には総合診療のアプローチで患者さんを診るので、心のケアも行い、その診療所では、しょっちゅう、心のケアの勉強会も行うという。
日本の場合、精神科の主任教授がカウンセリングを教授になる前に主たる専門分野にしていた大学は一つもないので、精神科医でも薬の使い方はまあまあ勉強していても、きちんとしたカウンセリングがろくにできる人がほとんどいない。
だから、薬が効かない心の病、たとえば、引きこもりや、トラウマの後遺症、適応障害、ストレス性の疾患などの患者さんは行き場に困る
それを本業が精神科でない在宅診療医が引き受けているというのだ。
ということで山中先生の診療所の在宅診療を受ける引きこもりの患者さんがかなりの数でいるということだ。
在宅診療医を選ぶ際には、いつも来てくれる先生が(何人かいるとしても)同じなのかとか、心の問題を起こした時にも対応してくれるのかとか、そういう点もきちんとチェックしておきたい。
私も山中先生のほかに、そういう医者を何人か知っているが、なかなか難しいのは確かだ。

在宅診療の隠れたメリット

山中先生に言わせると、在宅診療には思わぬメリットがあるそうだ。
自宅というホームグラウンドで診療していると、患者さんやその家族が苦情や文句を言いやすいというのだ。診察室ではなかなか言えないが、自宅だと、この薬があまり効かなかったとか、かえって気分が悪くなったとか、そういうことが言いやすい。塩分を控えろと言われるが薄味にすれば食べてくれないなどという文句もあるだろう。
そして、彼らはそれに誠実に対応する。
おそらく、診療所にいる医者たちは患者さんが苦しんでいても、気づかないままなのかもしれない。そして、ヤブ医者はずっとヤブ医者のままだ。
文句を言われる方が、医者が成長するのは確かなのだ。

人生の充実と医者選び

総合診療医であれ、訪問診療医であれ、いい医者に当たれば、患者さんは心穏やかに死ぬまで面倒を診てもらえる
在宅で看とるとか、在宅で亡くなるということは、そういう医者との出会いが条件になるのだろう。
もちろん、介護の負担もあるから、在宅死が理想だとは私は思っていないし、面倒見のいい施設に入れれば、医療の質はともかくとして、生活の満足度は得られることもあるだろう。
いずれにせよ、残念ながら、人間という生き物が死ぬ確率は100%で、せいぜいそれを遅らせることができるくらいだ。
だからこそ、残りの人生を充実させるために、はずれの医者に当たったら、どんどん変えていくくらいの覚悟で、いい医者との出会いを求めたいものだ。

著者

和田 秀樹(わだ ひでき)

国際医療福祉大学特任教授、川崎幸病院顧問、一橋大学・東京医科歯科大学非常勤講師、和田秀樹こころと体のクリニック院長。

1960年大阪市生まれ。1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科、老人科、神経内科にて研修、国立水戸病院神経内科および救命救急センターレジデント、東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、高齢者専門の総合病院である浴風会病院の精神科医師を歴任。

著書に「80歳の壁(幻冬舎新書)」、「70歳が老化の分かれ道(詩想社新書)」、「うまく老いる 楽しげに90歳の壁を乗り越えるコツ(講談社+α新書)(樋口恵子共著)」、「65歳からおとずれる 老人性うつの壁(毎日が発見)」など多数。

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