高齢になって幸せになるために【カイゴのゴカイ 25】
介護のゴカイ
人の幸福度とは
8月に『老いるが勝ち!』という本を出した。
高齢者にまつわるさまざまな常識とか理屈が、実際は現実ではなく、調べてみると本当は違うという話を伝えたくて書いた本だ。
その中で、タイトルをつけるにわたってあたって編集者が注目したのが、幸福のU字カーブと呼ばれるものだ。
人間の幸福度というものは、幸福度を縦軸に、年齢を横軸にとるとU字カーブを描くという話だ。
具体的には、人の幸福度は18歳から下がり始めて、48.3歳で不幸のピークに達すると、その後は上がっていき、82歳以上で最高値に達するということだ。
アメリカのダートマス大学のデービッド・ブランチフラワーという経済学者らが、世界145か国を対象にして、人生の幸福度と年齢の関係を調べたのだが、人生の幸福度が最高値に達するのは、なんと82歳以上だということがわかったのだ。
日本も例外ではなく、幸福度がもっとも低いのは49歳か50歳のときで、最も高いのは82歳以上という結果だった。
価値観の変化と幸福度
これは客観的に幸せになるということより、自分の価値観が変化するからだそうだ。
要するにいろいろなことに満足できる感覚が歳をとるほど高まっていくということなのだろう。
若い頃なら普通に歩けるだけで満足するとか幸せを感じることはないだろうが、歳をとってきて、自分と同い年くらいの人が歩けなくなっているのを見たり、知ったりすると、「自分はまだ恵まれている」と思えるだろう。
同年輩の知り合いが、ちょっとボケ始めたとか、最悪、がんなどで亡くなった話を聞くと、よけいそう感じるだろうし、「生きているだけで丸儲け」などという気持ちになるのだろう。
逆に49歳とか50歳のときに一番幸福度が低いのは、周囲の昇進だとか、子どもの受験や就職や結婚の成功などの話を見たり、聞いたりして自分がまけていると思えば、自分が不幸だと感じるからだろう。
参照点と幸不幸
心理学を経済学に応用し、何度もノーベル経済学賞を受賞している行動経済学の考え方に参照点というものがある。人間というのは富の総量でなく、参照点と比べて上か下かで幸せを感じるという考え方だ。
100億円の資産がある大金持ちは、100億円と比べて、自分の資産が増えたか減ったかで幸不幸を感じる。1万円でも損をすれば不幸に思うということだ。全財産が1万円の貧乏な人は1万円が参照点になるので、100円手に入れただけで幸せを感じる。
つまり、参照点が高いところにある48歳くらいのときは幸福を感じないが、参照点が低くなると幸福が感じられる。
過去を参照点にすると幸せが逃げる
この場合、気をつけたいのが過去を参照点にすると幸せが逃げていくということだ。
周囲と比べると一人で普通に歩けるだけで幸せが感じられるのに、自分の過去を参照点にすると、「前はもっと疲れずに歩けた」とか「昔は、競技に出られるくらい脚が速かったのに」という話になりかねない。これでは幸せは感じられない。
過去に大成功者だった人も、老いに苦しむ人が多い。
たとえば大企業の社長だった人が、入居金5億円で、毎月50万円も払って、超高級老人ホームに入ったとしよう。
食事は毎日5000円くらいのものが出るし、スタッフも多く、介護などのサービスも行き届いている。
でも、自分が社長だったころと比べると、毎日のように会食で懐石料理や星つきのフレンチなどを食べていたのに、今の食事は貧相に感じるかもしれない。まして、味より健康に気遣って塩分控えめにされていたりすると、なんで死ぬ間際にこんなまずいものを食べないといけないんだと惨めな気分になることだってあり得る。
介護スタッフがいくら親切にしてくれても、社長時代は、みんなが命令に従ってくれるのだから、それに感謝したり、ありがたいと思ったりできないこともあるだろう。
参照点が低いと今が幸せに感じる
逆の場合を考えてみよう。
ずっと非正規雇用で、毎日の生活にも事欠くような収入しか得られず、その上、雇い主から威張れれても威張られても耐え続けたような人がいるとしよう。配偶者にも子どもにも恵まれず、孤独を感じることもしばしばだ。
年金もわずかだし、老後も苦しい生活が続く。
社会の底辺の人間として惨めな気分でいたら、要介護状態になった際に、ケースワーカーが動いてくれて、特別養護老人ホームに入ることができた。
すると、栄養を考えた3品くらいのおかずの出る食事に毎食恵まれ、スタッフの人も親切にしてくれる。
これまでずっと苦しい生活だったのに、歳をとってこんなに幸せになれるなんてと思うかもしれない。
この人の場合、昔の貧しい暮らしのために参照点が低いから、今の生活が幸せに感じられるわけだ。
老いを受け入れると幸せを感じる
前述のように歳をとるほど、通常は、この参照点が下がってくる。
周りも一緒に衰えるから、その人たちが参照点になり、普通に歩けるとか、ちょっとおいしいラーメンに出会えるとかで幸せを感じるようになる。
このような参照点というのは、自分の意識の持ちようで変えることができるものだ。
歳をとっても豊かでいたいとか、人から尊敬するようになりたいと肩ひじ張って生きていると参照点がどうしても高くなるし、「ま、こんなものか」と老いを素直に受け入れられるようなら、参照点を低くすることができる。
認知症と参照点
認知症になりたくないという人が多いが、認知症になることで周囲のことを気にしなくなるし、過去を忘れてそれと比べることがなくなるから、参照点は自然に低くなっていくのだろう。
多くの場合、認知症というのは、重くなるほど、ニコニコしていることが多い。
幸福と自由
参照点というのと別の文脈で考えると、高齢者が幸福になる理由として、いろいろな縛りから自由になるということもある。
もともとは定年退職すると、会社の上司や同僚、部下などの意向や目を気にしなくて済むから楽になるはずなのだが、つい気にしてしまうから、気楽な定年後生活を送れない人が多い。
ところが80歳をすぎると、さすがにもう気にしなくていいやと思う人が増えるのも82歳以降が幸福度のピークになる理由なのだろう。
女性にしても、会社に勤めていた人は同様のことが言えるだろうし、ママ友そのほかとの関係が本格的に薄くなって、気にしなくていいと思えるようになるのがそのくらいの年齢かもしれない。
開き直りが幸せに近づける
だとすると、なるべく早いうちから、周囲の意向や目を気にしなくて、好きに生きたほうが、幸せに近づけることだろう。つまり、老後と言われる時期を少しでも幸せに過ごしたければ、早いうちに開き直って、自分の好きなように生きると決めたほうが幸せになれるということだ。
これについても、元の社会的地位が高い人のほうが、この手の開き直りは難しいのかもしれない。
82歳と幸福感
実は、この82歳というのが、我々医師から見て、別の側面もあるような気がする。
50代、60代の人は、たとえば健康診断の数値に異常があったり、血圧が高いなどがわかれば、それに合わせて、医師の指導を受け、好きなものを我慢したり、お酒を控えたりということが多くなる。
80を過ぎて、男性なら平均寿命を超えたあたりで、もうこれだけ生きたのだから、長生きのためのいろいろながまんより、今の気分のよさを優先しようと思える人が増えてくるというのが、長年の老年医療を行ってきたうえでの実感だ。
実は、この時期であれば、好きなだけ食べたいと思っても、胃のほうが受け付けないので、太ることも少ないし、体調が悪くなることも少ない。お酒にしたって、若い頃より弱くなるのが通常だ。
好きに生きていても健康に悪くないと思っていれば、やはり幸福感は増すだろう。
幸福感のキーワード
ということで幸福感のキーワードになるのは、第一に参照点を低くするとか、必要以上に人や過去とくらべないということ、第二に人目や人の意向を気にせず、またがまんをやめて好きに生きるということになるのだろう。
これは気の持ちよう次第で、もっと早い時期から得ることができるものだと私は信じている。
本格的に歳を取らないうちに、好きに生きることができれば、それだけ幸せな時期が長くなるし、体力があればいろいろなことが楽しめる。
親が幸せでいられるために
ついでに介護をする人や年老いた親につい心配してしまう人にアドバイスをするとすれば、なるべく早いうちに自由にさせてあげて幸せにしてやってほしいということだ。
そんなことをしたら恥ずかしいとか、世間体が悪いと親のことを思う気持ちや、健康を気遣う気持ちは重々承知しているが、それが親の幸せを奪っていることも理解してほしい。
逆にそれをしなければ意外にお金などなくても親が幸せでいられるのだ。
実は子供がそういうことに気づくのも親が82歳をすぎてからのことが多いのかもしれないが。
著者
和田 秀樹(わだ ひでき)
国際医療福祉大学特任教授、川崎幸病院顧問、一橋大学・東京医科歯科大学非常勤講師、和田秀樹こころと体のクリニック院長。
1960年大阪市生まれ。1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科、老人科、神経内科にて研修、国立水戸病院神経内科および救命救急センターレジデント、東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、高齢者専門の総合病院である浴風会病院の精神科医師を歴任。
著書に「80歳の壁(幻冬舎新書)」、「70歳が老化の分かれ道(詩想社新書)」、「うまく老いる 楽しげに90歳の壁を乗り越えるコツ(講談社+α新書)(樋口恵子共著)」、「65歳からおとずれる 老人性うつの壁(毎日が発見)」など多数。
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