認知症患者のできることに注目する【介護のゴカイ 38】

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認知症と事故報道の誤解

さて、名古屋駅近くの交差点で10月15日朝、認知症の疑いがある高齢ドライバーが運転する軽自動車が男女3人をはね、女性1人が死亡するという事故があり、テレビでも大々的に報じられていた。

その報道によると赤信号を無視し、人にぶつかった記憶がないといっているらしい。

これが認知症の症状だと思っている人が多いようだし、そういうことをいうコメンテーターもいた。

71歳なので、免許更新時に認知機能テストは受けていないが、何をもって認知症の疑いと言っているのかわからないが、このような事故は断じて認知症のためでないと37年に及び高齢者専門の精神科医の経験から言える。

「手続き記憶」は重度になるまで保たれる

運転を始められるレベルの認知症(中等度であることはあり得るが、重度ではない)、赤信号がわからなくなるとか、ブレーキとアクセルがわからなくなるということはほとんどあり得ない。

もしそうであるなら、このドライバーだって、しょっちゅう同じような事故を起こしているはずだが、このときに限ってこういう事故を起こしたのだ。

実は、手続き記憶といって身体で覚えた記憶というのは、認知症でも最重度にならないと落ちないものだ。

たとえば言葉がだんだん理解できなくなるレベルの中等度から重度の認知症の人でも箸が使えたり、自転車に乗れたり、農業や漁業のような仕事は続けられることは珍しくない。

ただ、こういうことでもやっていないとできなくなることはある。

施設に入所して箸を使わずスプーンばかり使っていると箸が使えなくなることはある。ただ、それでも箸でうまくものをつかめなくなるが、箸の持ち方は意外に身体で覚えていたりする。

だから、農業や漁業のような身体で覚えた仕事は、かなり認知症が進んでからでも続けられることが多い。

自動車を毎日のように運転している人は、自動車の運転が手続き記憶になっているので、認知症がかなり進んでも運転はできる。

ただし、自動車を買い換えた時など、いろいろな操作の手順が変わると運転ができないこともあるだろう。

認知症でも危険回避の本能は働く

もう一つ言っておきたいことは、認知症がかなり重くなっても、危ないものは危ないとわかるし、わざと危ないことをしないということだ。

私は認知症の患者さんをこの30年くらいに3000人くらい診てきたし、そのうち徘徊をする人は2割くらいいる(おそらく徘徊する人は認知症患者さんの1割くらいだろうが、病院に来る人は問題行動があることが多いので、そうなってしまう)。

しかしながら、そのうち帰って来れなくなる人は年に数名いても、自動車にはねられた人はいない。やはり怖いと思うと逃げるものなのだろう。この手の生命の危険の感覚は、動物的なものなのでかなり重い認知症になっても保たれるようだ。

またわざと危ないこともしないようで、刃物をもったからといって使い方が下手になったり、野菜が切れなくなるようなことがあっても、それで人を刺そうとはしない。

ということで認知症の人が車を動かせるレベルを保っているのなら、この手の暴走をするとは思えない。

アクセルとブレーキがわからなくなったと思われるかもしれないが、テーブルのものを見て、ナイフとスプーンがわからなくなることも相当重い認知症でない限り起こらない。名前が言えなくなっても使い方のほうは手続き記憶なのでわかっていることが多い。

そもそもアクセルとブレーキがわからないようならキーを差す場所もわからないだろうし、発進もできないだろう。

そう考えると今回の事故は認知症のためとはプロから見て考えられない。

真犯人は「せん妄」による意識障害の可能性

そもそも日本には認知症が600万人もいる。

人口の20人に一人、高齢者の6人に一人である。

認知症で何もわからなくなり、危険な運転をするというのなら、もっと同種の事故が多いはずだ。

警察発表をフライングでマスコミが報じたようで、この事件を報じたニュースサイトのほとんどが削除されているようだ。

検索したら出てくるがクリックするとそのURLは存在しませんと出る。

しかしながら、誤解を蔓延させた罪は消えない。マスコミはもう少しちゃんとしたプロに話を聞いてからこういうことを報じるべきだし、二流のコメンテーターを使うのはやめてほしい。

では、プロの目から見たらどういうことが考えられるかというと、おそらくは意識障害(おそらくはせん妄)を起こしていたというのが妥当だ。

そのほうが人とぶつかった記憶がないということだって合理的に説明できる。

意識障害というのは身体は起きているが、脳のほうは寝とぼけている状態だ。

高齢者の場合、せん妄というものが多く、これは高齢者には珍しくない症状でアメリカの老年医学の教科書には真っ先に出てくるものだ。

一般の人には夢遊病というもののイメージに近いと言っていいだろう。

私のみるところ、高齢者の暴走事故の多くは、この手の意識障害によるものだ。

普段、安全運転をしている人が、その日に限って暴走し、赤信号を無視して、人をはね殺してしまうというのは、慌ててブレーキとアクセルを踏み間違うという原因で片付けるのは納得できない。

パニックになってアクセルを踏んでしまったとしても、長年運転しているのであればわざわざ人のいるところにつっこむよりハンドルを切る方が自然な反応だ。

そのときに意識がもうろうとしていたと考える方が長年の老年医学の経験からも妥当だし、意識障害は人が考えるほど珍しい症状でない。

このほうが、そのときのことを覚えていないという発言を嘘だと決めつけるより可能性が高い。

認知症基本法と正しい知識の重要性

実は、2023年7月制定、2024年1月施行で、「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」という法律が日本にはある。

その8条に国民の責務として、「第八条 国民は、共生社会の実現を推進するために必要な認知症に関する正しい知識及び認知症の人に関する正しい理解を深めるとともに、共生社会の実現に寄与するよう努めなければならない。」とある。

認知症になると、赤信号もわからなくなり、アクセルとブレーキを間違えるというのは、およそ「正しい知識」ではないし、「正しい理解」でもない。

また認知症には軽いものも重いものもある。

車を運転できるレベルの認知症の人が認知症の症状としてこんなことをすることはない。むしろせん妄のときにはあり得る話なのだ。

これがわからないような医師は精神科医と名乗るべきでない。

こんな誤解をまき散らすようなことをすべての局でやるようでは、認知症との共生は困難だし、国民の認知症恐怖症は治まることはないだろう。

「できること」を続けることが進行予防になる

認知症基本法の精神は、認知症の人たちとの共生だけでなく、認知症の進行予防に役立つ。

認知症の進行予防の基本は下手な薬などより、今できていることを減らさないことにある。

もちろん、少しずつできないことは増えてくるのだろうが、できることをやめさせないで続けさせることが認知症の進行を遅らせるのだ。

認知症だからと言って勝手に何もできなくなると決めてかかったり、危ないと決めてかかったりして、今できることを取り上げるのは、認知症の進行を早めるだけだ。

できなくなったことが増えてきても、できることに目を向けて、それが活用できるようにして、普通の市民と共生していくことが、そういう意味でも大切なのだ。

600万人もいる認知症患者のたった一人が事故を起こしたくらいで(これだって認知症のせいでない可能性が高いのは前述の通りだ)大騒ぎや大報道をして、認知症の運転は危ないと決めてかかるのは、多くの認知症の人の進行を早めてしまう。

制度への提言と介護のあり方

ただ、現在の道路交通法では、認知機能テストでパスできなかった人は医者で診察を受けないといけないし、その結果認知症と診断されたら免許は失効する。

「認知症がある程度進んで、運転に支障を来すようになったら」免許失効というのならわかるが、軽いものを含めて「認知症と診断されたら」免許失効というのでは、認知症のことをろくに診ていない動物実験ばかりして大学教授になった人の話を鵜呑みにした警察官僚のフライングとしか思えない。

運転に限らず、認知症の人にはできることがたくさん残っている。

それに目を向ければ、認知症の人は普通の高齢者とそんなに変わらないという感覚も高まるだろうし、場合によっては人手不足を救う存在になるかもしれない。

介護する側もできないことばかり嘆くより、できることを減らさないことを心がけた方が、トラブルも少ないし、進行も遅くなることをぜひ知ってほしい。

著者

和田 秀樹(わだ ひでき)

国際医療福祉大学特任教授、川崎幸病院顧問、一橋大学・東京医科歯科大学非常勤講師、和田秀樹こころと体のクリニック院長。

1960年大阪市生まれ。1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科、老人科、神経内科にて研修、国立水戸病院神経内科および救命救急センターレジデント、東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、高齢者専門の総合病院である浴風会病院の精神科医師を歴任。

著書に「80歳の壁(幻冬舎新書)」、「70歳が老化の分かれ道(詩想社新書)」、「うまく老いる 楽しげに90歳の壁を乗り越えるコツ(講談社+α新書)(樋口恵子共著)」、「65歳からおとずれる 老人性うつの壁(毎日が発見)」など多数。

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