認知症の「帰宅願望」はいつまで続く?夕暮れ症候群の原因と安心させる対応

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「家に帰りたい」

介護をしているご家族にとって、認知症の方から繰り返し訴えられるこの言葉は、精神的に大きな負担となるものです。「ここがあなたの家ですよ」と何度伝えても納得してもらえず、どう対応すればよいのか途方に暮れてしまう方も少なくありません。

本記事では、認知症の方に見られる「帰宅願望」や、夕方になると落ち着きがなくなる「夕暮れ症候群」について、その原因やご本人の心理、そして効果的な対応方法を解説します。

帰宅願望がいつまで続くかには個人差がありますが、ご本人の不安を取り除く適切なケアや環境調整を行うことで、症状が落ち着くケースは多くあります。決して一人で抱え込まず、正しい知識と周囲のサポートを活用しながら向き合っていきましょう。

認知症の方の「家に帰りたい」という帰宅願望とは

認知症の症状には、脳の細胞が壊れることで直接起こる「中核症状(記憶障害、見当識障害など)」と、それによって引き起こされる行動や心理的な症状である「BPSD(行動・心理症状)」があります。「家に帰りたい」という訴えは、このBPSDの代表的な症状の一つです。

ご家族からすれば、自宅にいるはずなのに「帰る」と言われることは不思議に思うかもしれません。しかし、ご本人にとっては「今いる場所は自分の居場所ではない」「安心できる場所へ戻りたい」という切実なSOSのサインでもあるのです。

帰宅願望に見られる具体的な行動と特徴

帰宅願望が現れる際、言葉での訴えだけでなく、さまざまな行動を伴うことがあります。ご本人の様子を観察し、行動のパターンを知っておくことが大切です。

荷物をまとめる
タンスから服を出したり、カバンに荷物を詰め込んだりして、いつでも出かけられる準備を始めます。風呂敷やビニール袋に日用品をまとめる姿も見られます。
玄関や出口付近で待機する
「誰かが迎えに来る」と思い込み、玄関先で長時間立ち尽くしたり、外に出ようとしてドアノブを何度も回したりします。
落ち着きなく歩き回る
出口を探して家の中をうろうろと歩き回る(徘徊)様子が見られます。これは、出口が見つからない焦りや不安の表れでもあります。
頻繁に時間を気にする
「もう帰る時間だ」「バスの時間がある」などと言い、時計を何度も確認したり、家族に時刻を尋ねたりします。

夕方になると落ち着かなくなる夕暮れ症候群との関係

帰宅願望と密接に関係しているのが「夕暮れ症候群」です。これは、夕方から夜にかけての時間帯になると、急に落ち着きがなくなったり、不安感が強まったりする現象を指します。

辺りが暗くなり始めると、視覚的な情報が曖昧になり、認知機能が低下している方にとっては「今がいつで、どこにいるのか」が認識しづらくなります。また、一日の疲れが出る時間帯でもあり、こうした心身の不安定さが「家に帰らなければ」という衝動を強く引き起こす誘因となります。

帰宅願望や夕暮れ症候群が起こる主な理由と心理

なぜ、自宅や安全な施設にいるにもかかわらず、「帰りたい」と強く願うのでしょうか。その背景には、認知症による記憶障害や見当識障害(時間や場所がわからなくなる障害)だけでなく、ご本人が抱える「感情」や「身体的な不快感」が大きく関わっています。

理由を理解することは、適切なケアへの第一歩です。主な原因を3つの側面から見ていきましょう。

居場所が分からない不安や孤独感

認知症が進行すると、直近の記憶を保持することが難しくなります。そのため、たとえ何十年も住み慣れた自宅であっても、ふとした瞬間に「ここはどこだろう?」「なぜ知らない人がいるのだろう(家族の顔が認識できない場合)」という強烈な不安に襲われます。

ご本人にとって、現在の環境が「知らない場所」として認識されてしまえば、恐怖や孤独を感じるのは当然の心理です。「ここではない、私が安心できる場所(過去に認識していた家)へ帰りたい」という訴えは、不安から逃れ、安全を確保したいという防衛本能の表れと言えます。

過去の記憶や習慣への回帰

認知症の方は、最近のことは忘れてしまっても、若い頃や元気だった頃の記憶は鮮明に残っていることがよくあります。これを「回想」「記憶の逆行」と呼ぶことがあります。かつての社会的役割や習慣が、現在の行動に影響を与えることがあります。

夕食の支度
主婦として長年家事を切り盛りしてきた女性の場合、「夕方になったから、子供たちにご飯を作らなきゃ」という義務感が蘇ることがあります。
仕事への責任感
仕事を熱心にしてきた男性の場合、「もう定時だから会社から帰らなければ」「仕事に行かなければ」という意識が働き、外に出ようとすることがあります。
子供の世話
「学校から帰ってくる子供を迎えに行かないと」など、子育て真っ最中だった頃の記憶に戻り、使命感に駆られて行動することもあります。

これらは、ご本人の中では「辻褄の合った正しい行動」であり、責任感や家族への愛情に基づいていることを理解する必要があります。

身体的な不調や環境への不適応

言葉で自分の状態をうまく説明できない場合、身体的な不快感が「ここにいたくない=帰りたい」という言葉に変換されて出てくることがあります。

排泄の欲求
トイレに行きたいけれど場所がわからない、または尿意をうまく認識できず、その不快感から落ち着きをなくしている場合があります。
空腹や喉の渇き
お腹が空いた、喉が渇いたといった生理的な欲求が満たされていない時に、不機嫌になり帰宅願望につながることがあります。
痛みや体調不良
どこかが痛い、熱がある、便秘でお腹が張っているなどの苦痛がある場合も、その場から逃げ出したい心理が働きます。
環境の不快感
部屋が暑すぎる、寒すぎる、騒音がうるさい、照明が眩しすぎるなど、環境への不適応がストレスとなっている可能性もあります。

認知症の帰宅願望はいつまで続くのか

ご家族にとって最も気になるのは、「この状態がいつまで続くのか」という点ではないでしょうか。結論から言えば、明確な期間の定説はなく、個人差が非常に大きいのが実情です。

症状が続く期間には個人差がある

帰宅願望が数週間から数ヶ月で落ち着く方もいれば、年単位で続く方もいらっしゃいます。これは、ご本人の性格、認知症の原因疾患(アルツハイマー型、レビー小体型など)、身体状況、そして周囲の環境や対応によって大きく変化するためです。

環境に慣れ、そこに自分の居場所や役割を見つけることができれば、比較的早く症状が治まることもあります。一方で、不安を取り除くケアが十分でない場合や、頻繁な環境変化がある場合は長引く傾向にあります。

認知症の進行段階と帰宅願望の変化

一般的に、帰宅願望は認知症の「中期」に見られることが多い症状です。

初期~中期
自分が認知症であるという自覚(病識)が薄れ始め、見当識障害が進む時期に、不安感から頻繁に現れます。足腰が丈夫なうちは、実際に行動に移してしまうリスクも高くなります。
後期~末期
認知症が進行し、身体機能が低下してくると、自力で歩き回ることが難しくなります。また、記憶障害がさらに進むことで、帰りたいという意欲や執着自体が薄れてくることもあります。

ただし、これはあくまで一般的な傾向です。症状が落ち着いたように見えても、ご本人の心の中にある不安が解消されたわけではない場合もあるため、継続的な見守りと心のケアが必要です。

本人を安心させる効果的な対応と声かけ

「帰りたい」と言われた時、真正面から事実を伝えようとしても逆効果になることが多いです。大切なのは、ご本人の「感情」に寄り添い、安心感を与えることです。ここでは、効果的な対応方法をご紹介します。

否定せずに話を聞き共感を示す傾聴の姿勢

まずは、ご本人の訴えを否定せずに受け止めることが基本です。「ここは家でしょ」「帰るところなんてないよ」といった否定の言葉は、ご本人を混乱させ、孤独感を深めるだけです。

復唱する
「ああ、お家に帰りたいんですね」と、相手の言葉をそのまま繰り返します。自分の言葉が届いたと感じるだけで、少し落ち着くことがあります。
気持ちに寄り添う
「心配ですよね」「ご家族に会いたいですよね」と、その裏にある感情を言葉にして共感を示します。
理由を尋ねる
「どうして急に帰りたくなったの?」「家で何をしたいの?」と優しく尋ねることで、ご本人の本当の欲求(トイレに行きたい、お腹が空いたなど)が見えてくることもあります。

お茶や軽食で気分転換を図り話題を変える

話を聞いて共感した後は、うまく場面を転換することが有効です。興奮している状態から意識を逸らすことで、帰宅願望を一時的に忘れさせることができます。

お茶やお菓子を勧める
「帰る前に、温かいお茶でも一杯飲みませんか?」「美味しいお饅頭がありますよ」と誘い、一息つく時間を作ります。
好きな話題を振る
ご本人の趣味や、昔の得意だったこと、孫の話など、楽しく話せる話題を振ってみます。「そういえば、この間の旅行の写真を見せてくれませんか?」などと視覚的な刺激を与えるのも効果的です。

「嘘」も時には必要?肯定的な受け答えと方便

認知症ケアにおいて、ご本人を傷つけないための優しい嘘は「方便」として肯定的に捉えられています。真正面から説得するのではなく、ご本人が納得できる理由を提案して、その場を収めるテクニックです。

安心感を与えるための「演技」と「方便」の使い分け

嘘をつくことに罪悪感を持つ必要はありません。目的は「ご本人を安心させること」です。ご本人の世界観に合わせた対応をすることで、衝突を避けることができます。

交通手段を理由にする
「今はもうバスが終わってしまったみたいです。明日の朝一番で送りましょう」
天候や時間を理由にする
「外は暗くて危ないから、今日はここに泊まっていってください」
準備を理由にする
「ご家族がお迎えに来るまで、ここで待っていてくださいね」

ポイントは、「ダメ」と断るのではなく、「今はできないけれど、後でならできる(または、ここにいる理由がある)」というニュアンスで伝えることです。

役割や仕事をお願いして自尊心を満たす

「自分はここにいてもいいんだ」「ここは自分が役に立てる場所だ」と感じてもらうことで、帰宅願望が和らぐことがあります。ご本人ができる簡単な役割をお願いしてみましょう。

家事の手伝い
「洗濯物をたたむのを手伝ってくれませんか?」「テーブルを拭いてもらえると助かります」
相談事
「この野菜の美味しい調理法を教えてくれませんか?」

長年培ってきたスキルや経験を活かせるお願いをすることで、自尊心が満たされ、不安感が薄れる効果が期待できます。

やってはいけないNG対応と注意点

良かれと思って行った対応や、つい感情的になってしまった対応が、かえって症状を悪化させることがあります。以下のような対応は避けるようにしましょう。

無理に引き止める・鍵をかけて閉じ込める

玄関に向かうご本人を力ずくで止めたり、部屋に鍵をかけて閉じ込めたりすることは絶対に避けてください。

身体的な拘束や行動の制限は、ご本人に強い恐怖と屈辱感を与えます。「閉じ込められた」という被害妄想につながり、暴言や暴力といった激しい興奮状態(BPSDの悪化)を引き起こす原因になります。また、無理な静止は転倒事故のリスクも高めます。身体拘束は、緊急やむを得ない場合を除き、原則として高齢者虐待防止法などで禁止されています。

理詰めで説得する・叱責する

「さっきご飯食べたでしょ」「ここは病院だから帰れません」と理屈で説得しようとしても、認知機能が低下しているご本人には理解が難しく、混乱を招くだけです。

また、何度も同じことを言われてイライラし、「いい加減にして!」と怒鳴ったり叱責したりすることも厳禁です。内容は理解できなくても「怒られている」「怖い」というネガティブな感情だけが強く記憶に残り、介護者との信頼関係が崩れてしまいます。

子供扱いした声かけを行う

認知症になっても、ご本人のプライドや人生の先輩としての尊厳は失われていません。「はいはい、お利口にしててね」といった子供扱いするような言葉遣いは、自尊心を傷つけます。

「馬鹿にされた」と感じると、反発心からさらに帰宅願望が強まることもあります。常に人生の先輩として敬意を払い、丁寧な言葉遣いで接することが大切です。

施設入所後に「帰りたい」と言われた場合の対処法

ご自宅での介護が難しくなり、老人ホームなどの施設に入居した後でも、「家に帰りたい」という訴えはよく聞かれます。面会に行った際、「連れて帰って」と泣きつかれ、罪悪感に苛まれるご家族も少なくありません。

入所直後の帰宅願望は珍しいことではない

新しい環境に不安を感じるのは誰でも同じです。特に入居直後は、環境の変化によるストレスから帰宅願望が強く出ることがあります(リロケーションダメージ)。

しかし、これは多くの場合、一時的なものです。施設のスタッフはプロですので、ご本人の不安を和らげ、新しい生活に馴染めるようサポートしてくれます。「最初はみんな言うことだから」と割り切り、あまり深く思い詰めないことが大切です。

家族ができる面会時の工夫とスタッフとの連携

面会時の対応にも工夫が必要です。

馴染みの品を持ち込む
使い慣れた湯呑み、家族の写真、愛用していたクッションなどを持参し、居室に「自分の居場所」を作ります。
笑顔で接する
家族が悲しい顔や申し訳なさそうな顔をしていると、ご本人の不安も増幅します。「ここは安心できる良いところだね」と明るく振る舞いましょう。
帰り際の工夫
別れ際は一番寂しくなる瞬間です。「また来るね」とさらりと帰る、またはスタッフにおやつを出してもらい、気が逸れている間に退室するなど、スタッフと連携してタイミングを図りましょう。

ショートステイなどを活用し環境に慣れてもらう

本格的な入居の前に、ショートステイ(短期入所)を定期的に利用し、自宅以外の場所に泊まることに慣れてもらうのも一つの方法です。

「リハビリに行こう」「温泉気分を味わいに行こう」など、ポジティブな理由付けで利用を促し、施設への抵抗感を減らしていくことが、将来的な入居のスムーズさにつながります。

どうしても収まらない場合の医療的アプローチ

ご本人の不安が強く、不眠や興奮が続いて心身の健康が損なわれる場合や、ご家族の介護負担が限界に達しそうな場合は、医療的な介入を検討することも選択肢の一つです。

主治医への相談と薬によるコントロール

まずは、かかりつけ医や認知症専門医に相談しましょう。帰宅願望の背景に、身体的な疾患や薬の副作用が隠れていないかを確認します。

その上で、不安や興奮を抑えるための薬物療法が検討されることがあります。抗不安薬や漢方薬(抑肝散などがよく使われます)、少量の抗精神病薬などが処方される場合があります。

薬物療法におけるメリットと副作用の注意点

薬物療法には、ご本人の気持ちを穏やかにし、夜間の良質な睡眠を確保できるというメリットがあります。ご本人が楽になれば、介護者の負担も軽減されます。一方で、副作用のリスクも考慮しなければなりません。

過鎮静
薬が効きすぎて、日中もぼーっとしたり、活気がなくなったりすることがあります。
転倒リスク
ふらつきが出やすくなり、転倒や骨折のリスクが高まる可能性があります。
嚥下機能の低下
飲み込む力が弱くなり、誤嚥性肺炎のリスクにつながることがあります。

医師とよく相談し、少量から開始して様子を見るなど、慎重な調整が必要です。薬はあくまで対症療法であり、ケアによる環境調整と併用することが重要です。

笑がおで介護紹介センターへ

認知症の「帰宅願望」は、ご本人の不安の表れであると同時に、支えるご家族にとっても大きな試練です。終わりが見えない対応に、心身ともに疲れ果ててしまう前に、外部の助けを求めることは決して恥ずかしいことではありません。

在宅介護での疲弊は共倒れのリスクがある

「家族なんだから自分たちで見なければ」という責任感は尊いものですが、無理がたたって介護者が倒れてしまっては元も子もありません。特に、夕暮れ症候群による夕方から夜間にかけての対応は、介護者の休息時間を奪い、深刻な睡眠不足やストレスを引き起こします。

介護うつや虐待といった悲しい結末を防ぐためにも、限界を感じる前にプロの手を借りることを検討してください。ご本人が穏やかに過ごせる環境を見つけることは、ご本人にとっても、ご家族にとっても幸せな選択となり得ます。

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このコラムの監修者

花尾 奏一(はなお そういち)

保有資格:介護支援専門員、社会福祉士、介護福祉士

有料老人ホームにて介護主任を10年 
イキイキ介護スクールに異動し講師業を6年
介護福祉士実務者研修・介護職員初任者研修の講師
社内介護技術認定試験(ケアマイスター制度)の問題作成・試験官を実施

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