知られざる高齢者に多い薬の副作用【カイゴのゴカイ 10】

 

介護のゴカイ

知られざる高齢者に多い薬の副作用【カイゴのゴカイ 10】

高齢者の運転と薬

テレビでニュースを見ていると、奈良県大和高田市の国道で88歳の男性が運転する車が暴走し、暴走した車の助手席に乗っていた90歳の女性が亡くなったという壮絶な場面が放送されていた。その女性は暴走した車の運転者の奥さんだったという。
ドライブレコーダーの映像が残っており、その車は、猛スピードで車列に衝突し、先頭で右折待ちしていた車は、衝突の勢いで反転し、フロント部分が大破し、白い煙を上げた。さらに、突っ込んだ車は、その勢いで左車線を走行する車に衝突後も、右折待ちの車列に突っ込み、ようやく停止したとのことだ。もちろんその車もフロント部分や左側面は大破した。
事故鑑定人によると、この車は時速80〜100キロほどのスピードが出ていた可能性があり、一般道では怖くて出せない速度域だったという。交差点に入る前から加速していたので、ブレーキとアクセルを踏み間違えた可能性は低いとのことだ。
こういう事故の映像をみると、高齢者の運転は危ないと思うだろうし、免許を返納しようと決意する人も少なくないだろう。あるいは、親には免許を返納させなければと思われた子どもも多いだろう。
ただ、私は免許を返納する以前にしないといけないことがあると考えている。
それは薬の点検だ。

高齢者の運転と意識障害

2月には横浜で78歳の男性ドライバーによる車やバイクなど5台が巻き込まれたひき逃げ事件が起こった。その男性は事故を起こしたままの壊れた車で「散髪に行っていた」と話しているとのことだった。バイク2台と車3台に次々衝突して、そのまま逃走した疑いで逮捕されたのに、車をぶつけた覚えはないと供述しているとのことだった。
近所の人の証言では、まじめな人で、こんな事故は信じられないとか、ふだんは安全運転だったというようなコメントが得られている。
今回の奈良県での事故でも、やはり普段は安全運転のドライバーで、いつも奥さんを助手席に乗せ、仲良く車で出かけていたという。
人が普段と違う言動をとり、それを覚えていないとすれば、ある程度臨床経験が豊富な医者なら、意識障害を疑うだろう。
意識障害というのは、意識状態や覚醒度がふだんと違う状態だ。
要するに寝とぼけたような状態と言えば、イメージしやすいかもしれない。
夜中に目が覚めたり、無理に起こしたときに、こちらから声をかけるとふだんとは違うようないい加減な返事をしたり、ときには妄想があったり、幻覚が見えているかのような話をするが、翌朝、その時のことを聞いてみると覚えていないなどということを経験した人は少なくないかもしれない。
これが意識障害である。

意識障害とせん妄

意識障害というのは、臨床現場では、そんなに珍しいものではない。
たとえば、てんかんの発作なら意識をなくして倒れてしまうというイメージが強いかもしれないが、意識がもうろうとなってわけのわからないことを口走るタイプの発作も少なくない。
実際、てんかんの場合、1年以上「意識障害及び運動障害を伴わない」発作しか起こっておらず、今後悪化の可能性がない場合は、運転ができると道路交通法に明記されている。逆にいうと意識障害を過去1年のうちに起こしているのなら運転は許されない。
警察も意識障害の存在は認知しているのだ。そして、その際の運転はもちろん危険であることも。飲酒運転だって、なぜ危険かというとある種の意識障害が起こるからだ。
そのほか、臨床現場でよく見かける意識障害にせん妄と言われるものがある。
入院という環境の変化や薬物、感染、炎症などによって生じる意識の混乱のことで横浜市立市民病院のホームページでは、入院患者の2~3割に起こり、高齢者ではさらに起こりやすいとしている。
これまでも手術のあとで、1~3日経ってから意識が混乱して、大声を出したり、暴れたり、自分やほかの患者さんの生命維持に重要な管を抜いてしまうなど激しい症状が起こるが、1週間前後で治まることが多い。高齢者の場合、家族は急に認知症になったのではないかと慌てるが、患者さんの高齢化が進み、病院のほうは慣れてきたので、これはせん妄と言って、治る意識の障害ですからというような対応をしてくれることが多い。
さて、高齢になると、症状の重い軽いはあるが、入院していない普段の生活の中でせん妄が起こることがある

せん妄と薬物の影響

その原因として、私の臨床経験としていちばん多いのが、薬物の影響だ。
精神安定剤(睡眠導入剤としても用いられる)が効きすぎているときや睡眠導入剤として使っていたものが肝臓の分解機能などの低下のために翌日まで残ってしまったとき、脳内のドパミンと呼ばれる神経伝達物質を増やすパーキンソン病の治療薬(ドパミンは幻覚妄想の原因物質と考えられている)のほか、風邪薬に使われる抗ヒスタミン薬、ステロイド、H2ブロッカーといわれる胃潰瘍の薬などが、高齢者の臨床を行う者にせん妄を起こしやすいので注意すべしとされているものだ。
若い人と比べて、高齢者はこの手の薬でせん妄を起こしやすい。
これが、自動車の運転中だと夢幻状態に近い中で運転しているのだから、危険なのは言うまでもない。しかし、夢幻状態であっても、短い時間でせん妄が治まってきちんと覚醒することは珍しいことでない。さらにそのような夢幻状態のときのことは覚えていない。
ちょっとまじめに高齢者の臨床を行っている医者なら、今回のような事故をみて、せん妄や意識障害を疑うだろう。
池袋の事故でも、ブレーキも踏まずに2度も信号無視をしていたようだし、今回の事故でもブレーキとアクセルの踏み間違いでなく、ずっとアクセルを踏んでいたようだ。
そのときにきちんと覚醒していなかったことは十分に考えられることだ。
高齢者が動体視力が落ちたり、反応性が低下してブレーキを踏むのが遅れたりして、飛び出してきた子供をはねてしまったというような場合であれば、老化による運転機能の低下で説明がつくが、報道されるような暴走事故であれば意識障害がいちばん考えやすい。
これだけの超高齢社会になっているのに、マスコミの人間やコメンテーターとして呼ばれる医師たちががそれを思いつかないことは驚くべきことだ。あるいは、大スポンサーである製薬会社に忖度して、薬の副作用の可能性をわざと無視しているのだろうか?

薬物によるせん妄

さて、一般的にこのような意識障害は、高齢になるほど起こりやすい。とくに薬物によるせん妄はそうだ。
一つには脳の老化で、脳が薬に弱くなっているということがある。
二つ目は、高齢になるほど、薬が身体に残りやすいという問題がある。
肝臓で薬を分解する能力が加齢とともに衰えるし、腎臓からの排泄機能もやはり加齢で衰える。そのため多くの薬で血中濃度の半減期、つまり薬を飲んで、血中濃度がピークに達してから、肝臓で分解したり、尿から排泄したりすることで、その濃度が半分になるまでの時間が、大きく延長するのだ。
たとえば、せん妄の原因となる精神安定剤のジアゼパムなどは若いころは20時間程度なのに、高齢になると年齢と同じくらい(たとえば70歳なら70時間くらい)に延びる。しかし、高齢だからと言って、薬を1日3回から1回に減らしてくれる医師はほとんどいない。
ついでにいうと、多剤併用であるほど、有害事象が起こりやすいことはよく知られていることだが、せん妄だって同じことだろう。
こういうことを考えると、国民皆保険や過度な専門分化(内科がなくて、循環器とか呼吸器とか臓器別になっている)のために、高齢者に多く薬を出す日本は、高齢者が意識障害を起こす確率は、諸外国、とくに西欧諸国より高いことは確かだろう。実際、高齢者の暴走事故は欧米ではほとんど問題にされていないそうだ。高齢者に薬を大量に、多剤を飲ませない国々では、あまりこの手の事故が起こらないということだ。
家の中で、わけのわからないことを突然言い出したり、突然、暴れるようなら、家族が慌てて病院に運ぶだろう。そして、これは認知症でなく、せん妄ですよという診断を受け、しばらくするうちにもとに戻るというパターンになるだろう。
しかし、これが運転中に起こったら、目の前に見えている景色がリアルな道路状況でなく、幻覚であるということは当然起こりうる。赤信号だって、見えないまま通り過ぎるのは意識が朦朧としていたり、幻覚状態なら不思議はない。
事故を起こして目が覚めたら、人を撥ね殺していたということも当然ありえる。あるいは、事故を起こしても、意識が戻らず、そのまま運転を続けるということだって起こり得る。

知られざる原因

かくして、今回の奈良の事故のようなことが起こるのだろうと私は考えている。
ついでにいうと、75歳以上の高齢者の死亡事故のうち4割は自爆事故である。意識障害でものにぶつかって亡くなっている人だって少なくないはずだ。
ただ、問題は、高齢になると比較的、簡単に意識障害が起こることが、警察も含めて、弁護士や一般の人がほとんど知らないことだ。もちろん、マスコミだって無知だ。
そして、その多くが薬のせいだろう。高齢者の場合、前述のようなせん妄を起こしやすいとされている薬のほか、血圧の下げすぎ、血糖値の下げすぎ、塩分の控えすぎによる低ナトリウム血症でも、意識が混濁しやすい。
高齢者が免許を返納すると6年後の要介護率が2.2倍になるという筑波大学の調査結果だってある。免許を自主返納するより、事故を起こした人の服薬状況をチェックし、原因を解明し、そのうえで、現在のような高齢者に対する薬の大量投与や多剤併用をやめさせたほうが、はるかに事故抑止に効果があると私は信じる。

要介護高齢者を増やさないために

これらの事件がすべて、薬などによる意識障害によるものかどうかはわからない。しかしながら、運転中に意識障害を起こせば、泥酔レベルの飲酒運転と同等かそれ以上に危険なことは確かだ。そして、前述のように高齢者が意識障害を起こす確率は決して低くない。
近年になって、やっと高齢者に対する薬の、とくに多量投与の場合の有害性や、多剤併用による健康被害が問題になってきた。それによって、薬を控えようという医師や患者も少しずつは増えている実感はある。
しかし、まだまだ意識障害という副作用は注目されているようには思えない。
マスコミは、センセーショナルな、人を責めるばかりの報道をするのではなく(これによって自主返納が増えると、それだけ要介護高齢者が増えるのは前述の通りだ)、事故原因をきちんと解明して、意識障害に対する啓もうを行ったほうが、痛ましい事故は減るだろうし、要介護高齢者を増やさないで済むのだ。

著者

和田 秀樹(わだ ひでき)

国際医療福祉大学特任教授、川崎幸病院顧問、一橋大学・東京医科歯科大学非常勤講師、和田秀樹こころと体のクリニック院長。

1960年大阪市生まれ。1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科、老人科、神経内科にて研修、国立水戸病院神経内科および救命救急センターレジデント、東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、高齢者専門の総合病院である浴風会病院の精神科医師を歴任。

著書に「80歳の壁(幻冬舎新書)」、「70歳が老化の分かれ道(詩想社新書)」、「うまく老いる 楽しげに90歳の壁を乗り越えるコツ(講談社+α新書)(樋口恵子共著)」、「65歳からおとずれる 老人性うつの壁(毎日が発見)」など多数。

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