意欲を保つことの大切さ【カイゴのゴカイ 4】
介護のゴカイ


認知症と脳の関係
認知症の発症を遅らせるためにも、発症してからの進行を抑えるためにも頭を使うことの大切さを強調してきた。 ここで難しいのは頭でそれが大切なのはわかていても、その意欲がわかない高齢者や認知症の患者さんが少なくないことだ。 認知症に限らず、高齢になると脳が縮んでくるという話は以前にもした通りだが、その中で一番最初に縮み始めるのが前頭葉と言われる部分だ。 前頭葉というのは、脳の中で最も大きい部分なのだが、何のためにあるのかがよくわかってこなかった。 この働きに大きなヒントを与えたのは、ロボトミーという手術である。 1930年代に、サルでの実験ののち、人間の前頭葉の一部を切り取る手術をしたところ、興奮が激しい統合失調症の患者さんがおとなしくなった。 ところが、手術前と手術後で知能テストの点数がまったく落ちない。 要するに脳の機能は保たれたまま、凶暴な患者がおとなしくなるという画期的な手術ということで、この手術は盛んにおこなわれるようになったし、最初に手術を行い、主導的研究者だったポルトガルのエガス・モニスという脳神経内科医はのちにノーベル賞を授賞する。 確かに言語機能を司るのは側頭葉(とくに左の側頭葉)という部分であるし、計算や図形の問題を解くのに用いられるのは頭頂葉という部分なので、前頭葉を切り取っても、知能は落ちないというのは実証されたと言ってもよい。
前頭葉が意欲を司る
しかしながら、この手術を受けた患者さんの多くが昼行灯のように意欲がなくなり、またふだんはぼんやりしているのに怒りだすと止まらないような感情のコントロールの悪さも出現する。 かくして前頭葉がどうやら意欲を司り、感情のコントロールを行っているのではないかと考えられるようになった。 この前頭葉というのはCTやMRIの画像を見る限り、40代や50代から縮んでいくのが目に見えるようになる。 そして、その頃から若いころのような意欲が減退することを自覚する人が多い。 70代とか80代になるとすっかり前頭葉が委縮するので、歩かないと足腰が衰えたり、頭を使わないとボケたようになるのがわかっていても、それを億劫に思う人が多い。 免許返納にしても、車が使えなくなるとバスを待つとか、徒歩でも外出が億劫になるから、急に外出の機会が減る人は少なくない。もともと意欲が衰えているので、便利なものが使えなくなると、わざわざ外に出ようとしないのだ。
意欲と認知症
認知症というと記憶や知能が低下する病と思われがちだが、それ以前に意欲が落ちてしまうことが多い。そして頭を使わないから余計に知能が低下するという悪循環に陥ることも多い。 実際、正常の高齢者以上に前頭葉が縮むので、意欲がなく、外に出ようとしないケースが多い。徘徊が認知症に必然の症状のように思う人が少なくないが、実は徘徊する人はそんなに多くない。むしろ全然外出しなくなる人のほうが多い。ボケ予防にいろいろな趣味などに誘っても、それに乗ってこない人も少なくない。 デイサービスというのは、このような放っておくと何もしなくなる高齢者、とくに認知症高齢者を刺激して頭や体を使わせることで、脳の衰えや身体の衰えを遅らせようとする介護サービスだ。 ただ、これにしても意欲が衰えているため、行きたくないという反応をする高齢者、認知症高齢者は少なくない。
意欲が落ちると老化が進む
介護保険が始まって20年以上経つ現在では、このような意欲が衰えている高齢者の機嫌をよくさせるのに長けた介護スタッフが増えてきた。行きたくないと言っても試しに行かせてみると、次からは抵抗がなくなることは珍しいことではない。 意欲が落ちてしまった場合は、このような場を利用しないと、動いてくれないし、話もしてくれない。 会社員などの場合、定年で会社に行かなくなると、ほとんど家で過ごすような人がいる。趣味も始めようとしなかったり、続かなかったりになりがちだ。 定年までの間は、することがあり、給料をもらっている以上というある程度の強制力のようなものが働くから、意欲が落ちていても、知的機能や身体機能は保たれているので、働くことはできる。しかし、定年ですることがなくなってしまうと前頭葉の委縮のため意欲が落ちているために、自分から何をしようとすることがかなり減ってしまう。奥さんがでかけるときにだけ、ついていこうとするので「濡れ落ち葉」と言われたりすることもある。 定年の60代半ばより、認知症や要介護が始まる80代はさらに前頭葉の委縮が進み、自分から出かけることがほとんどなくなるという高齢者は少なくない。でも、デイサービスのようにすることを与えられると、拒否をせずに与えられたアクティビティはやってくれるものだ。 いずれにせよ、歳をとって意欲が落ちると、足腰や脳を使うことが減り、それによって、さらに足腰や脳が衰えてしまう。前にも述べたように、歳をとるほど使わないときの衰え方が激しくなるのだ。 記憶力が落ちても、実害は意外に少ないが、意欲が落ちると老化は確実に進む。 フレイルと言われる足腰や脳を使わないときの虚弱状態や、要介護状態を予防するためにも、あるいはそうなってからの進行を遅らせるためにも意欲を保つことは大切だ。
幸せホルモンと意欲
ところが前頭葉の委縮のほかにも、実は高齢者には意欲を低下させる要因がいくつもある。 たとえば、セロトニンという神経伝達物質の減少だ。 セロトニンというのは「幸せホルモン」ともいわれる脳内物質で、これが多いと幸せな気分になり、意欲も保たれる。逆にそれが足りなくなると、不安感が高まったり、痛みに敏感になったりする。そして、それが本格的に足りなくなるとうつ病になるとされる。 一般人口の3%がうつ病とされると、高齢者になるとそれが5%になる。 これはセロトニンの分泌の減少が原因と考えられている。 実際、高齢者のうつ病は、脳内のセロトニンを増やす薬を使うと改善することが多い。 いずれにせよ、セロトニンの分泌低下は高齢者の意欲低下のもとになる。
動脈硬化と意欲低下
また、動脈硬化も意欲低下、自発性低下の原因となる。 動脈硬化というと心筋梗塞や脳梗塞の原因となるので、中高年のうちから体重を落とそうとしたり、コレステロール値を落とそうとしたり、予防に努める人は少なくない。 ただ、残念なことだが、これも老化現象のようで、私が以前勤めていた浴風会病院という高齢者専門の総合病院での年間100例程度の解剖所見をみると70代以上で動脈硬化が身体中どこにもない人はほとんどいなかった。 いくら予防に努めても、歳をとると動脈硬化になるのだ。 動脈硬化というのは血管の壁が厚くなり、血管の通る内腔が狭くなる状態だ。 要するに血の巡りが悪くなる。 すると、意欲が落ちてしまうのだ。
最大の敵は意欲低下
前頭葉の委縮、セロトニンの減少、動脈硬化に加えて、とくに男性の意欲低下につながるのが、男性ホルモンの減少だ。 男性ホルモンというと性欲のホルモンのように思われがちだし、実際、加齢に伴い、男性ホルモンの分泌が減ってくると、性欲が若いころより落ちる人は多い。 性欲だけが落ちるのなら、夫婦円満につながるかもしれないが、男性ホルモンの分泌がへると性欲だけでなく、意欲も全般的に衰える。 また男性の場合、異性である女性への関心も低下する。魅力的な女性をみても、興味がわかないのだ。 これも夫婦円満につながるのだろうが、厄介なことに女性だけでなく、人間への関心が落ちてしまって、人付き合いがおっくうになってしまう。 実は、女性の場合、閉経後に男性ホルモン(これは女性にも存在する)の分泌が増えることが明らかになっている。 歳をとると、意欲的にいろいろなサークルに参加する女性が増えるのは、男性ホルモンのおかげなのだろう。実際、高齢者の団体旅行というとたいがいが女性のグループである。 男性ホルモンが減ると意欲が衰え、それを保つと意欲が保たれるのである。 実は、男性ホルモンが減ると意欲だけでなく、記憶力がおちることもわかっている。脳内のアセチルコリンという記憶を司る神経伝達物質が男性ホルモンが減ると減ってしまうからだとされている。 また男性ホルモンが加齢で減ると筋肉が落ち、脂肪が増えることも知られている。逆に男性ホルモンが増えると筋肉も増える。三浦雄一郎さんは男性ホルモンの補充治療で80代でエベレスト登頂を達成された。 ということで意欲低下は、高齢者の最大の敵と言えるものだ。 次回は、それにどう対応するかをお伝えしたい。
著者
和田 秀樹(わだ ひでき)
国際医療福祉大学特任教授、川崎幸病院顧問、一橋大学・東京医科歯科大学非常勤講師、和田秀樹こころと体のクリニック院長。
1960年大阪市生まれ。1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科、老人科、神経内科にて研修、国立水戸病院神経内科および救命救急センターレジデント、東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、高齢者専門の総合病院である浴風会病院の精神科医師を歴任。
著書に「80歳の壁(幻冬舎新書)」、「70歳が老化の分かれ道(詩想社新書)」、「うまく老いる 楽しげに90歳の壁を乗り越えるコツ(講談社+α新書)(樋口恵子共著)」、「65歳からおとずれる 老人性うつの壁(毎日が発見)」など多数。

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